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[ヒロシマドキュメント 被爆80年] 2025年6月6日 原爆供養塔で月命日法要

 2025年6月6日。平和記念公園(広島市中区)の原爆供養塔の前で、「月命日」の法要が営まれた。1945年8月6日の米軍による原爆投下で犠牲になり、引き取り手が見つからない、約7万人分といわれる遺骨が内部の納骨堂に安置されている。遺族や市民たち約10人が手を合わせた。

 供養塔の清掃をボランティアで20年以上続ける渡部和子さん(81)=西区=は早朝にほうきを握った後、参列した。長年清掃を続けた被爆者の佐伯敏子さん(17年死去)の思いを継いで毎日訪れ、法要も欠かさない。「私たちはこの場所に眠る犠牲者の平和を訴える『声』を感じて、世界に届けなければならないと思うんです」

 被爆直後、近くの慈仙寺跡は犠牲者の遺体の火葬場になり、46年5月には散在する遺骨を集めて供養するため、卒塔婆をかたどった供養塔が建てられた。月命日の法要は、建立主体の市戦災死没者供養会に加わっていた僧侶、吉川元晴さんが完成から間もなく始めたとみられる。

 供養塔は55年、市が中心となって今の「土まんじゅう」と呼ばれる姿に改修。元晴さんがその翌年に亡くなると息子の信晴さんが法要を継いだ。呉市の白蓮寺の住職を務めながら60年以上続け、昨年9月に87歳で死去した。

 渡部さんは「なんとしても次代につなげたい」と仲間たちと独力で法要を続けながら後継者を探した。今年1月、西応寺(中区)の副住職、平慈敬さん(43)が受け継いだ。原爆に焼き尽くされた寺院の一つで、平さんは遺族でもあった。(山下美波、山本祐司)

(2025年6月16日朝刊掲載)

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