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社説・コラム

天風録 『舌の先に幸せはある』

 「舌」を使った日本語の言い回しには言葉と行動の不一致をいさめるものが少なくない。〈舌先三寸〉〈舌の根も乾かぬうちに〉などで、〈舌は禍(わざわい)の根〉ともいう。日本人の議論下手とも関係ありそうだ▲対照的に、ユダヤ人は議論好きとされている。〈はにかみ屋は学ばない〉といった教えや、〈舌の先に幸せがある〉との格言があるぐらいだ。納得のいくまで質問をし続けることや、言葉を尽くして諦めずに討論をすることが、幸せを手繰り寄せるすべだと考えられているらしい▲その格言は空爆を前にネタニヤフ首相らの頭をよぎらなかったのか。イスラエルがイランの核関連施設などを攻撃した。イランもミサイルなどで報復に出た。中東のみならず世界を巻き込んだ戦争に発展しかねない▲祖国を失い、離散先で差別やホロコーストに遭った苛烈な歴史がユダヤ人にはある。だから世界を敵に回しても生き残るのが譲らぬ論理かもしれぬが、決して正当化できない。パレスチナ自治区ガザへの執拗(しつよう)な攻撃も▲多くのイスラエル市民は迫害の記憶から命の重みや戦争の痛みを分かっているはずである。むきだしの暴力から〈舌の先に―〉へ立ち返る力になってほしい。

(2025年6月15日朝刊掲載)

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