京都の二条城でアンゼルム・キーファー展 原爆題材の新作など33点
25年6月14日
ドイツ生まれの現代美術の巨匠アンゼルム・キーファー(80)の大規模展覧会が京都市の世界遺産・二条城で開かれている。国内では広島市現代美術館など3カ所を巡った展覧会から32年ぶり。広島への原爆投下を題材とする新作を中心に、重厚かつ深遠な絵画と彫刻計33点の存在感に圧倒される。今日もなお愚かな殺りくを繰り返す人類の歴史と罪深さを凝視しながら、虐げられた名もなき人々の魂を悼み、未来をどう生きるのかと問いかける。=敬称略(渡辺敬子)
「オクタビオ・パスのために」は本展のため2024年夏に制作した縦3・8メートル、横9・5メートルの大作。キーファーが敬愛するゴッホが絵画「耕作地の風景」(1889年)で表した豊かな大地の構図をなぞり、原爆投下後の広島の焦土に転じさせた。油彩やアクリル絵の具、ニス、岩石、木片など複数の素材がごつごつと分厚く重なり、恐怖と絶望に満ちた表情で泣き叫ぶ女性の逆さの顔が中央に浮き上がる。
かねて「耕作地の風景」への好意を示していたキーファー。原爆開発を指揮したロバート・オッペンハイマーが同作の所有者だったと知るのは24年春。ゴッホが描いた何本もの畝は、本作では多くの人々が水を求めた川のようにも見える。
「一方は他方であり、そのどれでもない:/空(うつ)ろな名前のままで/過ぎ去り、消えていく」。上部にわずかに見える金色の空に、親日家でノーベル文学賞を受賞したメキシコの詩人オクタビオ・パスの詩「風、水、石」の一節を記す。
「オーロラ」(2019~22年)も被爆地が描かれる。金色やだいだい色に染まる空を背に立つ、鉄骨がねじれた廃虚は千田国民学校(現広島市中区の千田小)。米戦略爆撃調査団が残した1945年11月の写真を参考にした。電気分解で生じさせた緑色の沈殿物がキャンバスに染み込み、時間とともに姿を変える。
作品名は、05年に日露戦争の日本海海戦に参戦したロシアの巡洋艦の名前から。さらに第1次ロシア革命中に起きた反乱を描く映画「戦艦ポチョムキン」で軍隊が市民に銃を向け、乳母車が階段を転げ落ちる場面を連想させる。繰り返す戦争の歴史を刻みながら、犠牲となった女性や子どもに思いを注ぐ。
展覧会の副題「ソラリス」はラテン語で太陽に関するものを意味する。展示はほぼ自然光で見せ、天候や時間帯によって趣が変わる。音声ガイドはあるが、説明文や結界はない。キーファーは自らと向き合いながら歴史や神話、哲学、宗教、科学などの幅広い考察をさまざまな素材で表現し、見る者の価値観を揺さぶる。同時に私たちの想像力も試されている。
京都市とギャラリーのファーガス・マカフリーの主催。22日まで。
(2025年6月14日朝刊掲載)
「オクタビオ・パスのために」は本展のため2024年夏に制作した縦3・8メートル、横9・5メートルの大作。キーファーが敬愛するゴッホが絵画「耕作地の風景」(1889年)で表した豊かな大地の構図をなぞり、原爆投下後の広島の焦土に転じさせた。油彩やアクリル絵の具、ニス、岩石、木片など複数の素材がごつごつと分厚く重なり、恐怖と絶望に満ちた表情で泣き叫ぶ女性の逆さの顔が中央に浮き上がる。
かねて「耕作地の風景」への好意を示していたキーファー。原爆開発を指揮したロバート・オッペンハイマーが同作の所有者だったと知るのは24年春。ゴッホが描いた何本もの畝は、本作では多くの人々が水を求めた川のようにも見える。
「一方は他方であり、そのどれでもない:/空(うつ)ろな名前のままで/過ぎ去り、消えていく」。上部にわずかに見える金色の空に、親日家でノーベル文学賞を受賞したメキシコの詩人オクタビオ・パスの詩「風、水、石」の一節を記す。
「オーロラ」(2019~22年)も被爆地が描かれる。金色やだいだい色に染まる空を背に立つ、鉄骨がねじれた廃虚は千田国民学校(現広島市中区の千田小)。米戦略爆撃調査団が残した1945年11月の写真を参考にした。電気分解で生じさせた緑色の沈殿物がキャンバスに染み込み、時間とともに姿を変える。
作品名は、05年に日露戦争の日本海海戦に参戦したロシアの巡洋艦の名前から。さらに第1次ロシア革命中に起きた反乱を描く映画「戦艦ポチョムキン」で軍隊が市民に銃を向け、乳母車が階段を転げ落ちる場面を連想させる。繰り返す戦争の歴史を刻みながら、犠牲となった女性や子どもに思いを注ぐ。
展覧会の副題「ソラリス」はラテン語で太陽に関するものを意味する。展示はほぼ自然光で見せ、天候や時間帯によって趣が変わる。音声ガイドはあるが、説明文や結界はない。キーファーは自らと向き合いながら歴史や神話、哲学、宗教、科学などの幅広い考察をさまざまな素材で表現し、見る者の価値観を揺さぶる。同時に私たちの想像力も試されている。
京都市とギャラリーのファーガス・マカフリーの主催。22日まで。
(2025年6月14日朝刊掲載)