被爆55周年 「風化させぬ」原点見つめ誓い新た 広島二中慰霊祭 「語り継ぐ」亡き友に約束
00年8月7日
当時の1年生13人集う
建物疎開の作業中に被爆し、当時の一年生三百二十一人が犠牲になった県立広島二中(現観音高校)の慰霊祭に、生き残った同級生十三人が参列した。死を逃れた負い目を抱きながらも、今年初めて、声を掛け合い集まった。「みんなの苦しみを、わしらが語り継ぐけんの…」。高齢化する遺族の姿を胸に、仲間の碑に誓った。
平和記念公園の本川左岸沿いであった慰霊祭には、約三百五十人が参列。同級生たちは、遺族らが慰霊碑を囲み花を手向ける様子を人だかりの隅で見守った。観音高の生徒らが広島二中の校歌を披露すると、目を閉じて歌声を合わせた。
生存が確認されている同級生は二十人余り。広島市南区旭一丁目、会社員時安惇さん(67)を発起人に四月、「生存者の会」が発足。消息をたどり、参列を呼び掛けた。「毎年、八月六日は夜の十時に参ってきた。負い目は今も消えんです」と同級生の一人。遺族の献花や焼香が終わるのを待って、慰霊碑に頭を下げた。
慰霊碑は四月、被爆死していたことが分かった二人の名前を新たに刻むなど、改修作業が行われた。
(2000年8月7日朝刊掲載)