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社説・コラム

天風録 『呉空襲80年』

 八幡さんと呼ばれ、市民に親しまれる。呉の総氏神、亀山神社は令和の大修繕で一つ工夫した。あの夜、米軍の焼夷(しょうい)弾が落ちて傷痕が残ったこま犬の台座を保存し、説明板を置いたのだ。戦禍の記憶を少しでも伝えようと▲きょうで80年。海軍とともに栄えた呉の街を廃虚とし、約2千人の命を奪った空襲を今に伝えるものは、ほかには街中にほとんどない。広島の原爆と比べ、語り継ぐ地元の営みも先細る▲それでも全国の若い世代に知られるのはアニメ映画「この世界の片隅に」の一場面の効果だろう。空から降る焼夷弾が主人公すずの高台の家の屋根を突き破り、発火する。消し止めようと布団を抱え、体を投げ出す。街を見下ろせば一面の火の海が▲B29が日本に投下した新型焼夷弾は「M69」と呼ばれた。木造家屋を焼く効果を冷徹に計算したと聞く。消しにくいゼリー状のガソリンを詰め、空中で子爆弾に散らばって屋根を貫いた▲空襲の重点目標だった呉には14万発以上が落とされた。重い歴史を簡単に風化させていいのか。「すず」の面影を求めて足を運ぶ人は多い。改修中の大和ミュージアムでもしっかり語り継ぎたい。海軍の街の長い戦争の帰結として。

(2025年7月1日朝刊掲載)

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