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連載・特集

緑地帯 イシズマサシ モメント・イン・ピース 平和的瞬間⑥

 旅のさなか、内戦や暴動によく巻きこまれた。1992年のロサンゼルス暴動の時は路上で車中泊していたし、インドのムンバイでは外出禁止令で人っ子一人いない危険な街中に放り出されたりした。

 特にひどかったのは93年春のチベット暴動。ある晩チベット人の露店が漢民族に襲われ、翌日には大規模な暴動に発展した。武装した公安部隊が送り込まれると、ラサの街は一気に戦場と化す。目の前で顔なじみの女性が撃たれ、私もまた標的にされた。この一部始終を目に焼き付けた。やがて街は落ち着きを取り戻したが、私は落ち着かない。半年かけてインドのダラムサラという小さな街を訪れた。チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世が亡命しているこの街に来ずしてチベットの旅は終われないと思ったのだ。

 しばらく街に滞在していると、いろいろな縁が重なり、ダライ・ラマに会えることになった。2日間の特別謁見(えっけん)と写真撮影の許可もいただいた。当日チベットでのさまざまな思いを胸に氏と対峙(たいじ)したが、いざ本人が目の前にくると、暴動での光景が浮かんできて涙があふれてきた。彼はそんな私を優しく抱擁してくれた。満面の笑みに、厳しさゆえ強く存在している優しさを思う。この時間が「モメント・イン・ピース(平和的瞬間)」という思想を生み、この言葉を常に抱きながら作品を作っていこうと決める転機となった。この世に平和を感じる瞬間は確かにある。それはどこにでも転がっているものだ。(作家=東京都)

(2025年7月5日朝刊掲載)

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