[2025参院選 現場から] 防衛拠点案 縮む街 活性化に期待 有事の「標的」 危ぶむ声も
25年7月5日
高さ約100メートルの高炉は半分ほど取り壊されていた。2023年9月末で事実上の閉鎖となった呉市の日本製鉄(日鉄)瀬戸内製鉄所呉地区跡地では解体の金属音が響く。さび色のちりが大きく舞い上がる時もあった。
「にぎやかな機械音や声はだんだん消えていった。若い人が働く場がなくなった」。地元の警固屋地区自治会連合会長の松田満雄さん(75)は寂しがる。10年前まで製鉄所の協力会社に勤めていただけに衰退を痛感する。
住民基本台帳によると、日鉄が呉の製鉄所の閉鎖方針を示した20年2月に4346人いた同地区の人口は5年で16%減り、今年5月末時点で3651人に。市全体でも、少子高齢化に基幹産業の衰退もあいまって3月末に中核市の指定要件の20万人を下回った。
民間企業誘致も
そんな中、防衛省が広大な130ヘクタールの跡地を一括購入し複合防衛拠点を整備する計画が進む。整備案には民間企業の誘致も含む。市が4月に開いた住民説明会で、松田さんは「経済的な波及効果につながる」と述べた。
地元経済界からの期待も大きい。呉商工会議所は4月、跡地購入の契約を早期に結ぶよう求める陳情書を防衛省に提出。若本祐昭会頭は「人口減少が進む街で二度とない好機」と捉える。呉市も5月、整備案の受け入れを表明した。
政府は、27年度までの5年間で防衛費の総額を約43兆円と大幅に増やし、防衛生産・技術基盤を強化する。呉市には今年3月、南西地域の防衛を目的に、陸海空の3自衛隊共同の新部隊「自衛隊海上輸送群」も発足した。
広島市立大広島平和研究所の梅原季哉(としや)教授(国際関係論)は「台湾有事などの紛争シナリオで米軍と動くための海上輸送群と複合防衛拠点になるだろう」とみる。安全保障や防衛に関わる「国策」が地方都市の未来を大きく左右する状況になっている。
「説明足りない」
が、賛成する人ばかりではない。防衛拠点に反対する市民団体の共同代表西岡由紀夫さん(70)は「住民説明会で防衛省は安全確保について具体的に答えないまま時間切れ。説明が全く足りていない」と批判。80年前、呉市街地に焼夷(しょうい)弾が降り注いだのを見た斉藤久仁子さん(92)は「軍事施設があったから標的にされた」。市民が犠牲になる歴史の繰り返しを危ぶむ。
表立って防衛拠点に反対の声を上げるわけではないが、不安を拭いきれない母親たちもいる。50代の会社員女性は「火薬庫が爆発したらどうなるの。街の活性化を期待する声ばかり目立って、他の意見は表明しにくい雰囲気になっている」。突然、生活の中に入り込んだ構想に心を揺らす。(高木潤、栾暁雨)
複合防衛拠点の整備案
防衛省は昨年3月、日鉄瀬戸内製鉄所呉地区跡地を一括購入し、装備品の整備・製造基盤、部隊の活動基盤、港湾―の3機能を備える構想を発表。今年3月には、民間企業誘致エリア▽隊員が勤務する庁舎▽火薬庫―など計12のエリアに分けて活用するゾーニングを示した。2025年度予算には、施設建設に向けた調査費4億6千万円を盛り込んだ。
(2025年7月5日朝刊掲載)
「にぎやかな機械音や声はだんだん消えていった。若い人が働く場がなくなった」。地元の警固屋地区自治会連合会長の松田満雄さん(75)は寂しがる。10年前まで製鉄所の協力会社に勤めていただけに衰退を痛感する。
住民基本台帳によると、日鉄が呉の製鉄所の閉鎖方針を示した20年2月に4346人いた同地区の人口は5年で16%減り、今年5月末時点で3651人に。市全体でも、少子高齢化に基幹産業の衰退もあいまって3月末に中核市の指定要件の20万人を下回った。
民間企業誘致も
そんな中、防衛省が広大な130ヘクタールの跡地を一括購入し複合防衛拠点を整備する計画が進む。整備案には民間企業の誘致も含む。市が4月に開いた住民説明会で、松田さんは「経済的な波及効果につながる」と述べた。
地元経済界からの期待も大きい。呉商工会議所は4月、跡地購入の契約を早期に結ぶよう求める陳情書を防衛省に提出。若本祐昭会頭は「人口減少が進む街で二度とない好機」と捉える。呉市も5月、整備案の受け入れを表明した。
政府は、27年度までの5年間で防衛費の総額を約43兆円と大幅に増やし、防衛生産・技術基盤を強化する。呉市には今年3月、南西地域の防衛を目的に、陸海空の3自衛隊共同の新部隊「自衛隊海上輸送群」も発足した。
広島市立大広島平和研究所の梅原季哉(としや)教授(国際関係論)は「台湾有事などの紛争シナリオで米軍と動くための海上輸送群と複合防衛拠点になるだろう」とみる。安全保障や防衛に関わる「国策」が地方都市の未来を大きく左右する状況になっている。
「説明足りない」
が、賛成する人ばかりではない。防衛拠点に反対する市民団体の共同代表西岡由紀夫さん(70)は「住民説明会で防衛省は安全確保について具体的に答えないまま時間切れ。説明が全く足りていない」と批判。80年前、呉市街地に焼夷(しょうい)弾が降り注いだのを見た斉藤久仁子さん(92)は「軍事施設があったから標的にされた」。市民が犠牲になる歴史の繰り返しを危ぶむ。
表立って防衛拠点に反対の声を上げるわけではないが、不安を拭いきれない母親たちもいる。50代の会社員女性は「火薬庫が爆発したらどうなるの。街の活性化を期待する声ばかり目立って、他の意見は表明しにくい雰囲気になっている」。突然、生活の中に入り込んだ構想に心を揺らす。(高木潤、栾暁雨)
複合防衛拠点の整備案
防衛省は昨年3月、日鉄瀬戸内製鉄所呉地区跡地を一括購入し、装備品の整備・製造基盤、部隊の活動基盤、港湾―の3機能を備える構想を発表。今年3月には、民間企業誘致エリア▽隊員が勤務する庁舎▽火薬庫―など計12のエリアに分けて活用するゾーニングを示した。2025年度予算には、施設建設に向けた調査費4億6千万円を盛り込んだ。
(2025年7月5日朝刊掲載)