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社説・コラム

『今を読む』 広島大名誉教授 田村和之(たむらかずゆき) 広島市長の平和宣言起草

求められる市民参加と情報公開

 広島市は、毎年8月6日、原爆死没者の追悼、核兵器の廃絶と世界恒久平和を求めて平和記念式典を行い、市長が平和宣言を発表してきた。それは原爆被害を受けた都市の見解の表明であり、全世界から注目されている。

 そうであれば、市民の意見を聞き、採り入れ、あるいは反映した宣言であることが求められる。歴代市長は、そのような努力をしながら宣言を起草してきたであろう。

 だがそれは市長の胸三寸ではなかったか。よりはっきりと市民意見を聞き、考慮し、踏まえ、採り入れた宣言にする。あるいは市民と共に宣言を作り上げるという方向を追求すべきではないか。そのためにはどうすればよいか。

 まずは、選挙で選ばれた議員および議会の意見を聞く。これは、その気になればすぐにできる。

 広島市は「市民等からの意見を幅広く聴くため」平和宣言に関する懇談会(以下「平和宣言懇談会」という)を開催している。

 この懇談会は、市長と「被爆者の体験や平和への思い、核兵器廃絶や世界恒久平和の実現を訴えることに関して識見が高い者」(平和宣言懇談会要綱1条・3条)の7人で構成されている。その名前は公表されているが、どのように選ばれるかは明らかでない。会議は非公開で出席者には守秘義務が課せられているため、何がどのように議論されたのかも不明である。

 本年度の3回の会議は実施済みで、宣言文案はおおむね了承されたという。文案では、核なき世界の実現を市民社会の総意にする必要性を訴え、これを若い世代に伝え続けた被爆者の存在を取り上げ、広島県被団協理事長を務めた坪井直さん(2021年に96歳で死去)が繰り返し唱えた「ネバーギブアップ」を引用するという。これらは会議終了後に市長が記者に語ったことのようである。

 筆者が情報公開請求をして得た24年度の第2回平和宣言懇談会配布の「平和宣言の骨子(案)」は「構成要素」(項目)のみ開示、第3回配布の「平和宣言文案」は全面黒塗り(非開示)だから、出席者の意見をどのように採り入れて宣言文を作り上げたのかは分からない。こうも非公開・非開示だらけでは、市民の意見を聞き、反映して起草されたかどうかも判断しようがない。

 市民意見を採り入れるかどうかは、ひとえに市長の判断にかかっている。そうだとすれば、平和宣言は市長職にある一人の政治家の見解表明の域を出ていないというほかない。

 ところで、長崎市の平和宣言起草過程は、広島市とは対照的である。長崎市は、文案に対して意見を述べる15人からなる「平和宣言文起草委員会」の公開の議論を経て作成する。市長は第2回に宣言文の原案を提出し、その修正案を第3回に示し、活発な意見が出されるとのことである。

 広島市民の意見を踏まえ反映した平和宣言の作成のためには、懇談会の改革が求められる。7人による構成では、各分野の市民意見を反映させるには少な過ぎないか。選任の在り方を改め、会議は公開すべきである。出席者に守秘義務を課すこともやめなければならない。

 広島市の「市民の市政参画の推進に関する要綱」は、審議会・懇談会の会議公開原則を定めている(15条3項)。この原則通り平和宣言懇談会の会議の公開が求められる。同要綱は例外的に非公開にできる旨を定め(同項ただし書)、平和宣言懇談会の会議を非公開としている(平和宣言懇談会要綱5条2項)。

 その理由は「自由かつ率直な議論を行うため」とされる(広島市ウェブサイト)。数十年以上も前によく聞かれた古色蒼然(そうぜん)たるものである。こんなものが今も使われているのはオドロキである。

 これでは、審議会・懇談会はすべて非公開とされてしまう。求められるのは、平和宣言の起草過程への市民参加と、会議の公開を含む情報公開である。

 1942年群馬県富岡市生まれ。大阪市立大大学院法学研究科修士課程修了。広島大総合科学部教授、龍谷大法科大学院教授を歴任。専門は行政法、社会保障法。多くの保育所裁判、被爆者裁判に関わる。近著に「被爆者裁判に挑む」「広島とヒロシマ」。

(2025年7月22日朝刊掲載)

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