『書評』 遥かなる山に向かって ダニエル・ジェイムズ・ブラウン著、森内薫訳
25年7月20日
真珠湾とヒロシマの間
本書は4人の日系米国人2世のオーラルヒストリーだが、長編映画を見ているようでもある。直接取材もさることながら「デンショウ(伝承)」と命名されたアーカイブによるところが大きい。
本書は真珠湾攻撃から書き起こした。山口県沖家室島(現周防大島町)から渡った実業家マツジロウ・オオタニなどは連邦捜査局(FBI)にはだしのまま連行され、妻が靴を走り出す車に投げ入れたほどだった。そして日系人を待っていたのはドイツ・イタリアと戦う一兵卒への道であり、ついのすみかから「転住センター」への道だった。
4人の日系2世は米本土出身者とハワイ出身者に分かれる。本土出身2世は米国に忠誠を誓う真面目人間が多かったのに対し、ハワイ出身2世は楽天家で権威を重んじない。ミシシッピ州の新兵キャンプでは両派は互いに「コトンクス」「ブッダヘッズ」と反目するが、ともに「空っぽ頭の野郎」とののしり合っていたに過ぎなかった。
ある時、彼らは地元の転住センターに招かれて手料理でもてなされ、ハワイの2世は本土の不自由な収容所暮らしに衝撃を受ける。本土の2世に「おまえらコトンクスはお人よしすぎないか」と声をかけ、以降、両派の反目は収まっていく。
本書の後半は「地獄への門」と目次にあるように舞台が欧州戦線。日系2世部隊の442連隊戦闘団はテキサス大隊救出のため多数の戦死者を出し、降伏後のドイツを進軍中に「しま模様の服」の遺体を目の当たりにする。さらに本国に帰還しても家族の消息が分からない。本土の2世ルディ・トキワの胸の武功勲章に世間の見る目は変わるが、彼の望みは両親と再会することだけだった。
カッツ(カツゴ)・ミホというハワイ出身2世は広島から渡った父を持ち、姉フミエ・ミホは渡日中に原爆に遭い、戦後は宣教師として平和主義を貫いた。本書には弾圧に抵抗して投獄された2世も登場する。パールハーバーとヒロシマの間には何があったのか。それが分かる一冊である。 (佐田尾信作・客員編集委員)
みすず書房・5280円
(2025年7月20日朝刊掲載)