天風録 『被爆10年の広島で』
25年7月28日
勤め先の昼休みの時間だろう。ワンピースを同僚が縫い上げ、手伝った主人公も一緒に喜ぶ。漫画「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」の冒頭の場面だ。舞台は被爆10年後の広島▲向かいの洋品店の店頭に飾ってある服を参考にしたようだ。そっくりの出来栄えに歓声が上がる。盛り上がった雑談は「ファッションショー見とる場合じゃないわ」という上司の冗談でお開きに。ショーは広島でも当時、盛んに開かれていたらしい▲戦後、女性の服は和装から洋装へ変わり、雨後のたけのこのごとく洋裁学校ができた。教室は手に職を付けたい女性であふれた。衣料品の統制が廃止されるとファッションの時代が幕を開ける▲広島市を拠点に1950年代、モデルとして活躍した睦徳子(むつとくこ)さんの写真展が中区のブックカフェで29日まで開かれている。装いごとに物語を演じるような表情とポーズに引き込まれた。ショーは鈴なりの入り。見つめる人々の表情から熱気が伝わる▲睦さんは洋裁を学びながらモデルを始め、後進育成に努めた。生活の復興から心の復興へ、歩みを体現した人といえよう。漫画の主人公はそんな時代の到来を前に原爆症で逝った。どちらにも思いを巡らせたい夏である。
(2025年7月28日朝刊掲載)
(2025年7月28日朝刊掲載)