社説 日米、有事で核使用議論 核なき世界に逆行許されぬ
25年7月28日
有事を想定した日米両政府のシミュレーション(机上演習)で、核兵器を米軍が使うシナリオを議論していたことが分かった。
日本による米国の核への依存は新たな段階に入ったといえよう。唯一の戦争被爆国として訴えてきた「核兵器のない世界」と明らかに矛盾するだけでなく、核の使用主体と一体化していると他国に受け取られる懸念が拭えない。
被爆地で怒りの声が上がるのは当然だ。市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」の森滝春子共同代表は「究極の二枚舌」と非難した。広島県被団協の箕牧(みまき)智之理事長は被爆者の訴えを踏みにじった政府に「はらわたが煮えくり返る」と語った。
机上演習は日米の外務・防衛当局者が参加する「拡大抑止協議」で行った。東アジアで危機が生じ、核使用を迫られるシナリオを米側が用意。「計画目的」と明示した上で両政府の連携や国民への説明など課題を検討したという。
台湾有事の想定では、中国が核兵器の使用を示唆する発言をしたとの設定に、自衛隊が米軍に「核の脅し」で対抗するよう再三求めたことが判明した。いかなる事態でも核使用に反対するのが日本の役割のはずだ。驚くほかない。
日米政府は昨年12月、米国が核を含む戦力で日本の防衛に関与する拡大抑止で初のガイドライン(指針)をまとめた。核を使う際の政府間調整の手順を定め、日本が意見を伝えられるようにしたという。
背景には、厳しい安保環境がある。中国は急速に核戦力を増強し、北朝鮮は核保有国として振る舞う。ロシアは核をちらつかせてウクライナ侵攻を続けている。机上演習は米国の「核の傘」の実効性を担保する狙いなのだろう。
しかし、核の脅威を核で防ぐという核抑止は幻想でしかない。核兵器が存在する限りリスクにさらされるからだ。
机上演習で具体的な使用シナリオに踏み込んだのは看過できない。今後、米軍と自衛隊の間でも核の運用を巡る協議や訓練に入ることが想定される。非核三原則の理念にそぐわないのは明らかだ。
拡大抑止が進む転機になったのは、岸田政権がろくに国会で審議しないまま2022年12月に閣議決定した「安全保障関連3文書」改定だ。
専守防衛を逸脱しかねない敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を初めて明記したことが日米の協力を深めた。今回も国民の目が届かない所で、「核の傘」の強化を進めようとしている。
国内では「核なき世界」に逆行して核兵器に頼ろうとする考えが顕在化した。参院選東京選挙区で参政党新人の塩入清香氏が選挙中に「核武装が最も安上がり」と発言し当選した。こうした政治家が現れたことも見過ごせない。
国民を置き去りにして、米国の核使用に日本が関与するような議論をこれ以上進めることは絶対に許されない。「核なき世界」の原点に立ち返り、核兵器の役割を減らす国際合意の形成へ力を尽くすのが日本の役割のはすだ。
(2025年7月28日朝刊掲載)
日本による米国の核への依存は新たな段階に入ったといえよう。唯一の戦争被爆国として訴えてきた「核兵器のない世界」と明らかに矛盾するだけでなく、核の使用主体と一体化していると他国に受け取られる懸念が拭えない。
被爆地で怒りの声が上がるのは当然だ。市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」の森滝春子共同代表は「究極の二枚舌」と非難した。広島県被団協の箕牧(みまき)智之理事長は被爆者の訴えを踏みにじった政府に「はらわたが煮えくり返る」と語った。
机上演習は日米の外務・防衛当局者が参加する「拡大抑止協議」で行った。東アジアで危機が生じ、核使用を迫られるシナリオを米側が用意。「計画目的」と明示した上で両政府の連携や国民への説明など課題を検討したという。
台湾有事の想定では、中国が核兵器の使用を示唆する発言をしたとの設定に、自衛隊が米軍に「核の脅し」で対抗するよう再三求めたことが判明した。いかなる事態でも核使用に反対するのが日本の役割のはずだ。驚くほかない。
日米政府は昨年12月、米国が核を含む戦力で日本の防衛に関与する拡大抑止で初のガイドライン(指針)をまとめた。核を使う際の政府間調整の手順を定め、日本が意見を伝えられるようにしたという。
背景には、厳しい安保環境がある。中国は急速に核戦力を増強し、北朝鮮は核保有国として振る舞う。ロシアは核をちらつかせてウクライナ侵攻を続けている。机上演習は米国の「核の傘」の実効性を担保する狙いなのだろう。
しかし、核の脅威を核で防ぐという核抑止は幻想でしかない。核兵器が存在する限りリスクにさらされるからだ。
机上演習で具体的な使用シナリオに踏み込んだのは看過できない。今後、米軍と自衛隊の間でも核の運用を巡る協議や訓練に入ることが想定される。非核三原則の理念にそぐわないのは明らかだ。
拡大抑止が進む転機になったのは、岸田政権がろくに国会で審議しないまま2022年12月に閣議決定した「安全保障関連3文書」改定だ。
専守防衛を逸脱しかねない敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を初めて明記したことが日米の協力を深めた。今回も国民の目が届かない所で、「核の傘」の強化を進めようとしている。
国内では「核なき世界」に逆行して核兵器に頼ろうとする考えが顕在化した。参院選東京選挙区で参政党新人の塩入清香氏が選挙中に「核武装が最も安上がり」と発言し当選した。こうした政治家が現れたことも見過ごせない。
国民を置き去りにして、米国の核使用に日本が関与するような議論をこれ以上進めることは絶対に許されない。「核なき世界」の原点に立ち返り、核兵器の役割を減らす国際合意の形成へ力を尽くすのが日本の役割のはすだ。
(2025年7月28日朝刊掲載)