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話し合うとは、きき合うこと 企画展「ヒロシマ1945」 永井玲衣さんが哲学対話

時間かけ言葉を紡ぐ場 今こそ大事

 あえて「きく」と平仮名で書く。聞く、聴く、訊(き)く。いま、きくことが苦手になっていないか。えり好みした情報だけを聞き、ネット上で顔の見えない者同士が論破合戦を繰り広げる。互いの声を聴こうとしない、なぜそう思う?と訊こうとしない―。哲学者の永井玲衣さん(34)が開く哲学対話では「よくきくこと」を参加者に約束してもらう。今月、東京都内で開いた対話のテーマは「ヒロシマを、きき合う」。その場で紡ぎ出された言葉を拾ってみる。(木ノ元陽子)

   東京都写真美術館(目黒区)で開催中の被爆80年企画展「ヒロシマ1945」の展示室が哲学対話の会場になった。中国、朝日、毎日の3新聞社と中国放送、共同通信社が主催。広島原爆の記録写真162点と映像2点を展示している。原爆や平和について考える場として、永井さんはこの空間を選んだ。

 「きょうは互いの声をきく、自分の声をきく、写真の奥底に広がっている人々の声をきく場であると思っています」。24人の参加者に永井さんが語りかけた。ニックネームで呼び合うこと、語り手は鳥の縫いぐるみを持つことを確認する。「言葉はすぐに出てこない。柔らかい鳥を手のひらにのせて言葉を探す時間が必要。この鳥を持っている間は、最後まできいてください。その人の沈黙もきいてください」

 数人ずつに分かれて対話をした後、全員で一つの輪をつくった。ツネオというニックネームの女性が「鳥」を持つ。「ツネオは原爆で亡くなった叔父の名前。学徒動員で爆心地にいました。遺体も何も見つかっていない。だから『ツネオって言って』と言われている気がして。何も想像できないまま死んじゃったから、『ツネオはここです』って言いたかったのかなって」

 沈黙を挟みながら、次の語り手へ「鳥」が手渡されていく。「大やけどを負った方の写真を見たくないって人がいる。そこで終わるんじゃなくて、何を怖いと思うのか、何がつらいのか、もうちょっと吐き出せる場が必要なのかも」「悲惨な写真を淡々と見られる自分がいる。リアリティーを感じてないのかなって不安になる」…。

 ある男性が静かに語り出した。「自分、会場に入ったときに、今のガザだと思ったんですよ。まさにこれが起きているなって。日本にも他国を植民地化してきた歴史があるわけで。こうした被害の一方で加害のこともある。違う視点というか、逆側からの視点も要ると思うんです」。すると「心がモヤモヤします」と一人の女性が続けた。

 「私は広島生まれ、広島育ち。平和教育を受けて、通学路に原爆ドームがあって。原爆のこと、分かっているつもりだったけれど、果たして私は写真の中の人々の声をきけてるんだろうか」

 終わりの時間になった。総括はしない。永井さんはこう締めくくった。「誰も答えを持っていないけど、誰もがヒントを持っている。場があれば、まだまだいろんな声がきこえてくる。今度は皆さんが、対話の場をつくってくれたらうれしいです」

 ツネオと名乗った都内の会社員柴田純子さん(59)は「とても重たいテーマなのに、心地よい、やさしい空間だった」と感想を語った。「あなたはそう思うんだねってまず受け止めること。それが今の世の中で一番大切なことなんですよね」。叔父さんは「恒雄さん」と書くという。

 話し合うとは、きき合うこと。ライフワークとして、永井さんは哲学対話に取り組む。「場は意識的につくらないとしぼんだり喪失したり、忘却したりするもの。被爆80年、紛争が絶えない今の状況を見ても本当に思います。むちゃくちゃ大事な局面で、ここが踏ん張りどころだって」

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 被爆80年企画展「ヒロシマ1945」は8月17日まで。4、12日は休館。

(2025年7月31日朝刊掲載)

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