著者に聞く 「ひろしま絵日記」 中澤晶子さん 戦争の不条理 読み取って
25年8月3日
「子どもの本の作家」として、数々の物語を手がけてきた。被爆から80年の夏、世に送り出した1冊は、8月5日を最後に永久に書かれることのない「日記」が題材である。原爆によって突然断ち切られた命を描き、「戦争とは何か」を幼い子どもにそっと伝える。
「来るはずの明日がない。それこそが戦争の本質だと思う。明日の日記が書けないってどういうこと?と想像し、考えてほしい」と語る。
主人公は小学2年のみなみちゃん。夏休みを過ごしたひいおばあちゃんの家で、茶色くなった古いノートを見つける。
「まあちゃん」こと、まさこちゃんの日記。ひいおばあちゃんの妹で、今のみなみちゃんと同じ年頃だった80年前に書いていたという。
「防空ごう」「がまん」…。絵日記の中は、みなみちゃんにとって、ぴんとこない言葉だらけ。ひいおばあちゃんに聞きながら、絵日記を読み、戦時中の暮らしに思いを巡らせる。
8月5日のページには、夕方に向かいのおばさんから桃をもらい、明日食べようと楽しみにしている様子が記されている。〈あしたが、まちどおしいです。ももがまっています〉。だが日記はそこで終わり。めくってもめくっても―。
広島で暮らし、多くの被爆者や家族の声を聞いた。来訪する修学旅行生の平和学習にも長く関わり、8月5日で途絶えた少年少女の日記にも数多く接してきた。
だが広島を題材にした作品を書くことにはいつもためらいがあるという。表象不可能ともいわれる被爆の体験は重く、それを伝える作品を生み出すのには、大変なエネルギーを要するから。
それでも求められ、向き合う。原爆を主題に手がけた児童書は気づけば7冊目になった。ささめやゆきさんの愛らしく温かみのある絵と共に、戦争の不条理や原爆の非人道性を子どもの心に届ける。
広島で多くの命が失われたように、世界では今も多くの人が傷つき、亡くなっている。「戦争は生きることを帳消しにする。それを子どもたちが自分につながる現在の問題として読み取ってくれたらいいなと思います」 (森田裕美) (小峰書店・1430円)
なかざわ・しょうこ
1953年名古屋市生まれ。中高時代を広島市で過ごす。91年「ジグソーステーション」で野間児童文芸新人賞。東区在住。
(2025年8月3日朝刊掲載)
「来るはずの明日がない。それこそが戦争の本質だと思う。明日の日記が書けないってどういうこと?と想像し、考えてほしい」と語る。
主人公は小学2年のみなみちゃん。夏休みを過ごしたひいおばあちゃんの家で、茶色くなった古いノートを見つける。
「まあちゃん」こと、まさこちゃんの日記。ひいおばあちゃんの妹で、今のみなみちゃんと同じ年頃だった80年前に書いていたという。
「防空ごう」「がまん」…。絵日記の中は、みなみちゃんにとって、ぴんとこない言葉だらけ。ひいおばあちゃんに聞きながら、絵日記を読み、戦時中の暮らしに思いを巡らせる。
8月5日のページには、夕方に向かいのおばさんから桃をもらい、明日食べようと楽しみにしている様子が記されている。〈あしたが、まちどおしいです。ももがまっています〉。だが日記はそこで終わり。めくってもめくっても―。
広島で暮らし、多くの被爆者や家族の声を聞いた。来訪する修学旅行生の平和学習にも長く関わり、8月5日で途絶えた少年少女の日記にも数多く接してきた。
だが広島を題材にした作品を書くことにはいつもためらいがあるという。表象不可能ともいわれる被爆の体験は重く、それを伝える作品を生み出すのには、大変なエネルギーを要するから。
それでも求められ、向き合う。原爆を主題に手がけた児童書は気づけば7冊目になった。ささめやゆきさんの愛らしく温かみのある絵と共に、戦争の不条理や原爆の非人道性を子どもの心に届ける。
広島で多くの命が失われたように、世界では今も多くの人が傷つき、亡くなっている。「戦争は生きることを帳消しにする。それを子どもたちが自分につながる現在の問題として読み取ってくれたらいいなと思います」 (森田裕美) (小峰書店・1430円)
なかざわ・しょうこ
1953年名古屋市生まれ。中高時代を広島市で過ごす。91年「ジグソーステーション」で野間児童文芸新人賞。東区在住。
(2025年8月3日朝刊掲載)