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[被爆80年] 広島の伝承者 前田さん 語り継ぐ責任 考える未来

被爆者2人の死 直面し実感

 広島市の被爆体験伝承者、前田博美さん(65)=中区=は清水弘士さんの記憶を受け継ぐ。「こんな思いを誰にもさせてはならない」と訴え続けた広島県被団協(箕牧(みまき)智之理事長)の元事務局長で、先月2日に83歳で亡くなった。4年前に継承を目指した別の被爆者が世を去る経験をした前田さんは、「継ぐ者」の責任に向き合っている。(下高充生)

 「清水さんは『核兵器は悪魔の兵器だ。地球上から一刻も早くなくさねばならない』と訴えていました」。前田さんの講話原稿には、生前に託された言葉が宿る。

 清水さんは3歳の時に爆心地から約1・6キロの吉島町(現中区)の自宅で被爆。10年ほど体調不良に苦しんだ。被爆者に国の援護がなく、連合国軍総司令部(GHQ)のプレスコード(報道規制)で実態も伝わらなかった時期だ。

 前田さんの講話では、清水さんが生前にこだわったこの「空白の10年」に重点を置く。3月に原爆資料館(中区)でした初講話では本人から「完成形」と評価された。「訃報を聞いた時は、しばらく何をすべきか考えられませんでした」

 鹿児島県出身。広島で学生時代を過ごし、被爆体験の風化などのニュースに触れ伝承活動に関心を持った。故郷で就職し、定年が近づいてきた2020年、被爆証言を続けた岡田恵美子さんと清水さんの伝承者を目指し研修を始めた。

 しかし、岡田さんは21年に84歳で死去。清水さんからは新型コロナウイルス禍で聞き取りをオンラインで重ね、対面できる時は被爆後に避難した広島刑務所(中区)を一緒に訪ねもした。その清水さんも昨年2月に体調を崩し、入院した。

 妻の恵子さん(81)=東区=によると、5月に退院後は酸素吸入をしながら伝承者の育成に励んだ。体調を心配すると、「これを取ると生きる価値がなくなる」と語ったという。恵子さんは「今伝えておかないと、遠くのものになってしまうと思ったのではないでしょうか」とおもんぱかる。

 第三者である被爆体験伝承者の養成は被爆体験証言者が担う。現在30人で、うち9人は90代。高齢化に伴う証言者の減少が課題だ。前田さんは「証言者は身を削って活動している。私たちは10年後、20年後に何ができるか真剣に考える責任がある」と訴えている。

(2025年8月5日朝刊掲載)

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