[被爆80年 リレーエッセー] JICA東南アジア・大洋州部ミンダナオ和平シニア・アドバイザー 落合直之 手に入れた平和 手放さぬ
25年4月10日
フィリピンのミンダナオ島には、約500万人のイスラム教徒(彼らは自らをモロと呼ぶ)が住んでいる。1500年代にスペインによる統治が始まって以来、モロは迫害を受け周縁化されてきた。1960年代末に始まるモロの民族自決を求める武装闘争は、推定15万人の死者と100万人以上の国内避難民を発生させた。
50年以上にわたる闘争と和平交渉の末、2014年3月にフィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)は和平合意を結び、バンサモロ自治政府が発足した。同年6月、国際協力機構(JICA)は、フィリピン政府およびMILFなどの紛争関係者約100人を広島に招待し、恒久平和の実現と紛争で荒廃した町の復興・開発について話し合う「ミンダナオ平和構築セミナー」を開催。モロの人々は広島に、平和の象徴として特別な思いを抱いている。そして、戦後の復興経験から学びたいと願っていた。
「将来、何になりたいですか?」。JICAフィリピン事務所に勤務していた1996年、ムスリム・ミンダナオの地を初めて訪れた私は、人里離れた小学校で児童たちにそう聞いた。学校の先生、看護師と声が上がる一方、多くの児童が「お父さんやお母さんを助ける」と答えた。戦火が絶えないころ、子どもたちの将来は自分が住む村のごく限られた範囲だった。
その後、私はJICA本部フィリピン担当課、在フィリピン日本大使館、ミンダナオ国際停戦監視団、ミンダナオ和平支援プロジェクトに携わり、現在は本部をベースにバンサモロ自治政府首相アドバイザーとして、日本とミンダナオを行き来している。そんな私は今でも小学校を訪問した時に同じ質問をする。
最近は、医者、エンジニア、スポーツ選手など児童たちの将来の夢は広がるばかりである。また私はこれまでバンサモロ自治政府の首相や大臣、行政官、企業家など、多くのモロの人々とともに広島を訪問した。彼らは言う。「数々の犠牲の果てに手に入れた平和を絶対に手放さない。子どもたちの未来を広げるためにも」。私は今年もモロの人々と広島を訪れるつもりだ。
(2025年4月10日朝刊セレクト掲載)
50年以上にわたる闘争と和平交渉の末、2014年3月にフィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)は和平合意を結び、バンサモロ自治政府が発足した。同年6月、国際協力機構(JICA)は、フィリピン政府およびMILFなどの紛争関係者約100人を広島に招待し、恒久平和の実現と紛争で荒廃した町の復興・開発について話し合う「ミンダナオ平和構築セミナー」を開催。モロの人々は広島に、平和の象徴として特別な思いを抱いている。そして、戦後の復興経験から学びたいと願っていた。
「将来、何になりたいですか?」。JICAフィリピン事務所に勤務していた1996年、ムスリム・ミンダナオの地を初めて訪れた私は、人里離れた小学校で児童たちにそう聞いた。学校の先生、看護師と声が上がる一方、多くの児童が「お父さんやお母さんを助ける」と答えた。戦火が絶えないころ、子どもたちの将来は自分が住む村のごく限られた範囲だった。
その後、私はJICA本部フィリピン担当課、在フィリピン日本大使館、ミンダナオ国際停戦監視団、ミンダナオ和平支援プロジェクトに携わり、現在は本部をベースにバンサモロ自治政府首相アドバイザーとして、日本とミンダナオを行き来している。そんな私は今でも小学校を訪問した時に同じ質問をする。
最近は、医者、エンジニア、スポーツ選手など児童たちの将来の夢は広がるばかりである。また私はこれまでバンサモロ自治政府の首相や大臣、行政官、企業家など、多くのモロの人々とともに広島を訪問した。彼らは言う。「数々の犠牲の果てに手に入れた平和を絶対に手放さない。子どもたちの未来を広げるためにも」。私は今年もモロの人々と広島を訪れるつもりだ。
(2025年4月10日朝刊セレクト掲載)