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廃絶へ あえて前を向く 編集局長 吉原圭介

 原爆は、気味の悪い兵器―。40歳を前に、甲状腺にがんが見つかった際に実感した。被爆2世との自覚はあったが、強く意識したのは医師から告知を受けた時だ。因果関係は分からない。ただ心の中では即座に結びついた。

 たった一発で、米軍が落とした原爆は大量の市民を殺害した。1945年8月6日から年末までに死亡した方は14万人とされるが、あくまで推計値。そこも通常兵器との大きな違いだ。

 猛烈な熱線と爆風とともに発せられた、放射線は人間の遺伝子までも傷つけた。折り鶴で有名な佐々木禎子さんは10年後、白血病を発症し12歳で亡くなった。現在存命の被爆者にもがんの手術を複数回、経験した人が少なくない。いつ何が起きるのか。そんな不安を与えるのは核兵器ならではだ。

 しかし世界ではなぜか、この不気味さよりも絶大な威力として認知されている。ロシアによるウクライナ侵攻でも、イスラエルによるガザへの攻撃でも、インドとパキスタンの衝突でも、核兵器使用が威嚇となった。

 被爆者の訴えとの乖離(かいり)に愕然(がくぜん)とせざるを得ない。

 80年の間に、広島、長崎に次ぐ、3度目の核兵器の実戦使用がなかったのは事実だ。いくつもの危機はあったが、被爆者たちの「二度と同じ苦しみを人類にさせたくない」という強い叫びが背景にあったことは間違いない。

 一方で、核兵器が地球上からなくならなかったのも事実だ。

 核兵器禁止条約が発効しても、日本被団協がノーベル平和賞をもらっても、地球上にはなお1万2千発以上の核兵器が存在する。

 ウクライナやガザなどで核兵器が威嚇として使われたことは被爆地として絶対に許せない。ただそれを機に、広島市の原爆資料館では周辺国などから訪れる人が増えてきた。ヒロシマ、ナガサキで起きたことに関心を持つ人の輪が広がっている。やや逆説的だが、ここはあえて前向きに捉え、光を見いだしたい。核兵器廃絶に進むチャンスなのだと。

 SNSの時代だ。感じたこと、訴えたいことが世界に一気に広がる可能性はある。この気味の悪い兵器の被害者をこれ以上生まないよう、自分に何ができるのか。今、何を発信すべきなのか。80年の節目に一人一人が考えたい。

(2025年8月7日朝刊掲載)

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