社説 被爆80年 核抑止論 首相は自らの発言忘れるな
25年8月7日
米国による原爆投下から80年を迎えたきのう、広島は平和への祈りに包まれた。
80年を経て私たちの胸に湧いてくるのは、核兵器が長い間使われなかった安堵(あんど)だけではない。むしろ近い将来、また現実に使われるかもしれないという不安の方が大きい。
この危機感は核兵器が存在する限り決してなくならない。廃絶に向け、大きな障害となるのが核抑止論である。
石破茂首相はきのう、平和記念式典後の記者会見で、国是である非核三原則を堅持する方針を表明した。米国の核兵器を日本で運用する「核共有」については「非核三原則との関係で全く考えていない」と強く否定した。この発言を忘れないでほしい。
首相は昨秋の就任前、米シンクタンクへの寄稿で「核の持ち込みも具体的に検討せねばならない」と非核三原則の見直しに言及。核共有についても「三原則に抵触しない形で可能」と唱えていた。政府の立場にある限り持論を封印させるということなのか。
とはいえ、米国の「核の傘」に依存する日本の安全保障は新たな段階に入った。日米間で台湾有事などの際の核使用を視野に入れた協議が、水面下で進められていることが判明したのだ。
日米両政府は昨年12月、米国が核を含む戦力で日本の防衛に関与する拡大抑止について初のガイドライン(指針)をまとめた。それに基づく机上演習で、米軍が核兵器の使用を迫られるシナリオを用意し、両政府の連携や国民への説明など課題を検討したという。今後、米軍と自衛隊の間でも核の運用を巡る協議や訓練に入ることが想定される。
核の傘への依存をより深めるだけでなく、核の使用や運用で一体化が進めば、実態は核共有に近づいていくのではないか。非核の国是が揺らぎかねない事態だ。
こうした懸念に対し、首相は会見で、拡大抑止の実効性向上と「核兵器のない世界」に向かって努力することは矛盾しないとの認識を示した。果たしてそうだろうか。
核抑止論を巡り、松井一実市長は平和宣言で「復権」に警鐘を鳴らした。「核兵器を含む軍事力の強化を進める国こそ、核兵器に依存しないための建設的な議論をする責任がある」と世界の為政者に呼びかけた。
さらに踏み込んだのは広島県の湯崎英彦知事だ。式典あいさつで、核抑止論を人間の頭の中でつくられた「フィクションだ」と鋭く指摘した。
力の均衡による抑止は自信過剰な指導者の出現などによって繰り返し破られてきたと歴史をたどり、「人間は核抑止論が前提とする合理的判断が常に働くとは限らない」と核抑止論からの脱却を説いた。首相は被爆地の訴えをしっかり受け止めてほしい。
来年11月には核兵器禁止条約の第1回再検討会議がある。日本政府にはせめてオブザーバー参加を求めたい。核の傘から脱け出す道筋を模索し、核兵器が使われる恐怖のない世界の実現をリードする役割を果たすべきだ。
(2025年8月7日朝刊掲載)
80年を経て私たちの胸に湧いてくるのは、核兵器が長い間使われなかった安堵(あんど)だけではない。むしろ近い将来、また現実に使われるかもしれないという不安の方が大きい。
この危機感は核兵器が存在する限り決してなくならない。廃絶に向け、大きな障害となるのが核抑止論である。
石破茂首相はきのう、平和記念式典後の記者会見で、国是である非核三原則を堅持する方針を表明した。米国の核兵器を日本で運用する「核共有」については「非核三原則との関係で全く考えていない」と強く否定した。この発言を忘れないでほしい。
首相は昨秋の就任前、米シンクタンクへの寄稿で「核の持ち込みも具体的に検討せねばならない」と非核三原則の見直しに言及。核共有についても「三原則に抵触しない形で可能」と唱えていた。政府の立場にある限り持論を封印させるということなのか。
とはいえ、米国の「核の傘」に依存する日本の安全保障は新たな段階に入った。日米間で台湾有事などの際の核使用を視野に入れた協議が、水面下で進められていることが判明したのだ。
日米両政府は昨年12月、米国が核を含む戦力で日本の防衛に関与する拡大抑止について初のガイドライン(指針)をまとめた。それに基づく机上演習で、米軍が核兵器の使用を迫られるシナリオを用意し、両政府の連携や国民への説明など課題を検討したという。今後、米軍と自衛隊の間でも核の運用を巡る協議や訓練に入ることが想定される。
核の傘への依存をより深めるだけでなく、核の使用や運用で一体化が進めば、実態は核共有に近づいていくのではないか。非核の国是が揺らぎかねない事態だ。
こうした懸念に対し、首相は会見で、拡大抑止の実効性向上と「核兵器のない世界」に向かって努力することは矛盾しないとの認識を示した。果たしてそうだろうか。
核抑止論を巡り、松井一実市長は平和宣言で「復権」に警鐘を鳴らした。「核兵器を含む軍事力の強化を進める国こそ、核兵器に依存しないための建設的な議論をする責任がある」と世界の為政者に呼びかけた。
さらに踏み込んだのは広島県の湯崎英彦知事だ。式典あいさつで、核抑止論を人間の頭の中でつくられた「フィクションだ」と鋭く指摘した。
力の均衡による抑止は自信過剰な指導者の出現などによって繰り返し破られてきたと歴史をたどり、「人間は核抑止論が前提とする合理的判断が常に働くとは限らない」と核抑止論からの脱却を説いた。首相は被爆地の訴えをしっかり受け止めてほしい。
来年11月には核兵器禁止条約の第1回再検討会議がある。日本政府にはせめてオブザーバー参加を求めたい。核の傘から脱け出す道筋を模索し、核兵器が使われる恐怖のない世界の実現をリードする役割を果たすべきだ。
(2025年8月7日朝刊掲載)