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社説・コラム

朝凪(あさなぎ) 市井の被爆者 託す想い

 昭和から平成にかけて、マツダの海外担当だった父は、飲み会もゴルフも「仕事のうち」。家ではお茶すら入れていなかったような記憶があるが、6年前に母が他界し、孤軍奮闘、炊事洗濯を何とか頑張っている。

 駄目元で頼んだ「全国被爆者アンケート」でも意外な一面を垣間見た。孫に体験を伝えたのは「話のついで」。放射線の影響は「80歳になったので不安がなくなりました」と斜に構えつつ、自由記述欄では「戦争は絶対悪」「防衛費を減らし、平和の資金に」と、推敲(すいこう)を重ねながら想(おも)いを書き連ねていた。

 西原健(80)。生後11カ月の時、猛火が迫る中を母親に救い出され、命をつないだ。3564人もの回答者はきっと、80年分の苦悩や願いを胸に筆を執られたのだろう。必死で記入していた父の姿が脳裏に焼き付いたままだ。(文化担当・桑島美帆)

(2025年8月8日朝刊掲載)

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