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社説・コラム

天風録 『雪風と大竹』

 公開中の映画「雪風 YUKIKAZE」は太平洋戦争を生き残った駆逐艦の史実に光を当てた物語だ。戦艦大和が沈んだ沖縄特攻など数々の海戦に参加。日本が敗北を重ねる中、海に投げ出された他艦の乗員の救助に当たった。生きて帰すために▲劇中の若い魚雷射手が観客の視点の役割を担い、戦場の極限を伝える。軍部の不条理も。モデルはきっと西崎信夫さんだろう。三重県に生まれ、15歳で海軍特別年少兵に志願。大竹海兵団などで訓練し、乗員となった▲敗戦後も西崎さんは雪風に残る。復員輸送船として外地に残された人々を日本に帰すために。引き揚げ港となった大竹港にも2度入港した記録が残る。西崎さんを介した雪風と大竹の因縁を思わずにいられない▲大竹港には延べ219隻が入港し、41万もの人が上陸して戦後を歩み始めた。その中に歌手の藤山一郎さんもいた。大竹駅から故郷へ向かう人々を住民は湯茶でもてなし見送ったという▲桟橋跡などにはコンビナートが形成された。当時をうかがい知る痕跡は少ないが、語り継いでいきたい。生きて帰れなかった仲間の無念を伝えねばと、亡くなる直前まで証言を続けた西崎さんの思いとともに。

(2025年8月18日朝刊掲載)

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