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社説・コラム

社説 米露首脳会談 侵攻した国 利していいのか

 米国のトランプ大統領がロシアのプーチン大統領と米アラスカ州で会談した。ロシアによるウクライナ侵攻開始後3年半で両国首脳が対面で会ったのは初めてだ。終了後の記者会見で共に前向きな評価をしたのは、最大の焦点である停戦合意に向けた進展がなかった裏返しだろう。

 ロシアとウクライナの戦闘では今も多くの命が失われている。一日も早い停戦を実現させるべきだ。大国が「ディール(取引)」することがあってはならない。会談は米ロ首脳の融和ムードの演出ばかりが目立った。結果的に、侵略した側のロシアを利することになっていないか。

 プーチン氏はウクライナへの軍事侵攻後、西側諸国の制裁を受け、国際社会から孤立してきた。戦争犯罪容疑で国際刑事裁判所(ICC)からは逮捕状も出ている。ICC非加盟の米国での会談は、プーチン氏にとって捕まる恐れがなく、好都合だったろう。しかもトランプ氏から破格の厚遇を受け、プーチン氏は世界に存在感を示せたと思っているに違いない。米国がロシアを無視できないことを印象づけたともいえる。

 実際プーチン氏はトランプ氏と臨んだ会見で「非常に有益だった」と話した。ウクライナとの停戦については、「強い関心がある」としながら「ロシアの懸念が考慮される必要がある」などと、従来の主張を繰り返した。これまでも和平に関して、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟放棄の確約などを強硬に訴えてきた。

 記者会見で2人が質問を受け付けなかったのも不可解だ。プーチン氏は「これ以上、市民を殺さないと約束するか」と問いただした記者に顔をしかめただけだった。

 そもそもウクライナの頭越しに戦争犯罪が疑われる人物と取引しようというトランプ氏の姿勢はいかがなものか。プーチン氏に操られることなく、交渉を続けてほしい。

 トランプ氏は会談後、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話協議した。ゼレンスキー氏が近く訪米し会談するという。トランプ氏は最終判断はウクライナに委ねるとし、「取引に応じるべきだ」と呼びかける。しかし現状でウクライナが停戦に応じれば、国土の約20%がロシアに実効支配されることになるだろう。

 トランプ氏は、ロシアとの経済協力に関心を持っているようだ。しかし大国が互いの利益を優先し、ロシアが占領しているウクライナ領の引き渡しを認めるなど、侵攻されたウクライナに譲歩を迫るのは筋違いである。

 ゼレンスキー氏は米ロ会談を受け、「戦闘終結に向けて努力するつもりだ」とする一方「プーチン政権にその意思はない」と批判した。「公正な平和を望む」との訴えは当然のことだろう。

 ロシアのウクライナ侵攻でこれまで築き上げてきた国際規範が揺らいでいる。武力で他国を屈服させる動きは各地に飛び火しかねない。米国は世界の安全保障のためにも力による現状変更は認められないことを示す必要がある。

(2025年8月17日朝刊掲載)

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