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社説・コラム

天風録 『千さんの終戦80年』

 80年前の8月15日、千玄室(せんげんしつ)さんは愛媛の基地で「特攻命令」を受けた。茶道裏千家の後継者という肩書は頭から消え〈死が青春の完成を意味〉していたと当時の心境を著書につづる。離陸10分足らずで敗戦と帰還命令を聞く▲おととい102歳で大往生した。水戸黄門役で有名な俳優西村晃さんら、学徒動員された特攻仲間との絆もよく知られる。千さんがたてた茶を基地で飲み、古里の空に向けて、口々に「お母さん」と叫び泣いた逸話も▲戦後は「茶の湯外交」と称して60カ国以上を訪れる。その手始めは、かつて命懸けで倒そうとした米国だ。平和と調和を重んじる茶道の精神「和敬清寂(わけいせいじゃく)」を広めることが「生き残った自分の使命だ」と唱えて▲足跡は世界の各地に残る。ウクライナから広島市に移り住んだ茶道家を当方が取材した際、「和敬清寂」を日本語でそらんじたのに驚いた。母国とロシアの争いも「敬い合えば止まる。茶の前に国境も国籍もない」と▲終戦の日を前に旅立った千さん。青春を取り戻すためか、100歳を超えても「毎日が勉強」が口癖だったと聞く。西村さんには再会できただろうか。90年、100年と続く「戦後」を彼らに報告せねば。

(2025年8月16日朝刊掲載)

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