『今を読む』 艦艇研究家 奥本剛(おくもとごう) 海上挺進戦隊を語り継ぐ
25年8月16日
広島で救援救護 歴史の継承を
江田島市江田島町幸ノ浦。ここの海岸沿いには、海上挺進(ていしん)戦隊戦没者慰霊碑と当時、桟橋が付いていた突堤がある。
1944年8月、ここに陸軍暁部隊船舶練習部の第10教育隊が設置された。ベニヤ板の特攻ボート「四式肉薄連絡艇」、通称「マルレ」による特攻を行う海上挺進戦隊の訓練をする専門教育基地だった。江田島市に暮らす私は元隊員の部隊史や手記、防衛省防衛研究所などで集めた資料を基に、この水上特攻部隊について調査を続けてきた。
終戦に至るまでの部隊の概要をまとめておく。隊員は小豆島(香川県)の船舶特別幹部候補隊で1年半の教育を受け、下士官になる教育制度を終了した候補生だったが、戦局の悪化により教育期間は徐々に短縮されて最終的に半年とされた。当初、候補生は陸軍内に募集をかけ、第1期こそ20歳を超えた隊員だったが第2期からは20歳未満、第3期からは全国の中学校から募集したため、16歳という少年隊員が生まれることになる。
修業した隊員から選抜され、海上挺進戦隊隊員となった。まず10個戦隊(1戦隊105人、マルレ91隻)が編成され、小豆島で訓練されるが、続く20個戦隊は幸ノ浦に新設された第10教育隊で訓練が行われることになる。フィリピンを中心に台湾、沖縄、南西諸島に配備され、終戦までに約1700人もの戦死者を出す。
そのうち、本来の特攻による死者数は全戦死者の約1割で、約9割は陸上での斬り込み戦闘などで戦死した。唯一、ルソン島リンガエン湾スワルに配備された第12海上挺進戦隊だけが敵の上陸船団に夜間特攻を行って多くの戦果を上げた。このため日本で本土決戦に備えた追加訓練が決まる。10個戦隊が訓練を終えて九州、四国、紀伊半島に配備され、続く10個戦隊の訓練中、8月6日を迎える。
原爆が投下された直後、宇品の陸軍船舶司令部にいた佐伯文朗船舶司令官は、広島市民の救援救護のため在広島の全暁部隊に出動命令を発令する。第10教育隊は千田町の広島電鉄本社に「救護隊斉藤本部」を立ち上げ、海上挺進戦隊の隊員を幸ノ浦から現地へ赴かせた。被爆者を宇品へ誘導し、歩けない被爆者は戸板に乗せて宇品へ搬送した。搬送用のトラックが通れるように道路のがれきの撤去、倒壊家屋からの生存者の救助などを行い、夜は鷹野橋から南への延焼を防ぐために家屋の引き倒し、延焼防止活動を行った。これで広島赤十字病院に詰めかけていた被爆者も助かった。
その後、8月14日まで遺体を収容し、数体ずつ火葬した。その場に仮埋葬し、後で分かるように名前などを書いた看板を立てる。次の場所でまた火葬、仮埋葬することを繰り返した。救援救護中、隊員たちは下痢や関節の痛みに悩まされながら活動し、基地へ帰って行われた血液検査では、白血球が異常数値を示した。明らかに2次被爆していたのだ。
こうした事実をどう継承していくか。私は著書や交流サイト(SNS)で発信し続けてきたが、幸ノ浦のある江田島市は残念ながら消極的だ。8月6日には地元である市立切串小学校が平和教育として第10教育隊と海上挺進戦隊による救援救護を学んではいるが、それだけでは地域で継承できているとは言い難い状況である。
当時、助けられた方の広島市でも語られることはほとんどなかった。海上挺進戦隊の慰霊碑保存会の岡野数正氏の継承活動もあってここ数年、メディアによく取り上げられるなどして知名度が上がってきたというのが現状だろう。
かつてNHK松山放送局が海上挺進戦隊の特番を作った際、私が図面を書いて監修し、マルレの復元艇が製作された。放送後は江田島の慰霊碑保存会で保管していたところ、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館で今年2月まで開かれた企画展「暁部隊 劫火ニ向カヘリ」に貸し出され、展示された。しかし残念なことに保存会には返還されていない。広島で展示される話もあると聞いたが、江田島で活用すべきではないか。
江田島市は海軍の島ではあるが市内に陸軍の戦跡は幾つも残る。本来なら資料館などが置かれてもいいはずだ。まさに地元発の水上特攻隊であり、ほとんどが16歳の特攻兵が広島市中心部で救援救護を行い、2次被爆したという悲劇を継承することに積極的になってほしいと願ってやまない。
とはいえ仮に資料館を建設したとしても恒久的に存続できるのかは不透明なのも事実だろう。ただ少なくともまとまった展示をしないと知る機会もない。海上挺進戦隊の歴史の継承はこのジレンマを解消できるかにかかっている。
1972年生まれ。国立波方海技短期大学校卒。フェリー会社に勤めながら艦船の研究や戦争遺跡の調査を続ける。2009年にハワイ沖の日米合同特殊潜航艇調査に参加。著書に「陸海軍水上特攻部隊全史」「呉・江田島・広島 戦争遺跡ガイドブック」など。江田島市在住。
(2025年8月16日朝刊掲載)