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戦争の悲惨 アニメに託した願い 「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」 広島出身の美術監督 市岡さん

 境港市出身の漫画家・故水木しげるさんの戦争体験を色濃く反映したストーリーで、大ヒットを記録した劇場版アニメ「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」。美術監督を務めた広島市出身の市岡茉衣さん(東京都)は今年3月、東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)の美術・色彩・映像部門で個人賞に輝いた。原爆で350人以上の生徒・教員たちが犠牲となった、広島女学院中・高の出身。「広島で生まれ育ち、『戦争の現実を描くアニメを作りたい』とずっと願ってきた」と振り返る。(西村文)

 映画の舞台は終戦から約10年後の昭和31年で、主人公は帝国血液銀行に勤める「水木」という名の若い男性。会社からの密命と自身の出世のため、謎の薬「M」を追って人里離れた哭倉(なぐら)村を訪れ、後に鬼太郎の父となる謎の男性と出会う。やがて、奇怪な事件が次々と起こり―。

 恐ろしくも郷愁に満ちた映像が、鑑賞者を物語に引き込む。重要な役割を果たしたのが、市岡さんが担った美術監督の仕事だ。キャラクターの背後を描く「背景美術」のスタッフを統括し、作品の世界観をつくり上げた。

 昭和のにおいが漂う絵作りに貢献したのは、市岡さんの父、晃彦さん(広島市中区)。映画のエンドテロップに「美術参考協力」として名を連ねる。当時の家屋や電柱の構造など、時代考証の資料からは分からない細部を、「昭和30年代に青春時代を送った父に教えてもらった」と市岡さん。庄原市東城町にある築240年を超える晃彦さんの生家についての記憶も役立った。「おばあちゃんの家は、床が鳴ったなあ…と思い出しながら、絵に臨場感を込めた」

 最も力を入れたのは、水木が南洋諸島での悲惨な戦闘を回想するシーンだ。日本兵の遺体が折り重なる光景を、古い映画のようなタッチで表現。遺体からにじみ出る血の色が、失われた命を強く印象付ける。

 小さい頃から絵を描くことが好きだった。広島女学院中・高時代に受けた平和教育が、アニメ業界を志すきっかけとなった。「若い人たちが夢中になれるアニメ作品を通じて、戦争の悲惨さを伝えたいと思った」

 専門学校のアニメーション科を首席で卒業。しかし、「戦争のアニメを作りたい」という志望動機に理解のある就職先はなかなか見つからなかった。2009年、アニメーションの美術背景専門のスタジオ「美峰」に入社。下積みを経て、14年から美術監督を務めてきた。

 本作の美術監督に市岡さんを抜てきしたのは、美峰社長でベテラン美術監督の野村正信さん。仕事の依頼が来た際、ふと市岡さんが「戦争のアニメを作りたい」と言っていたことを思い出したという。

 映画の大ヒット、TAAF受賞…という展開はまったく予想外だった。「1人で取れた賞ではない。社長が抜てきしてくれたことも含め、不思議な運命を感じる」。ヒット作が次々と生み出され、技術革新や国際化も著しいアニメ業界。市岡さんは「厳しい世界だが、長く仕事を続けたい。そして『戦争を描きたい』という思いを持ち続けたい」と決意を新たにする。

映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」
 水木しげるさんの生誕100周年記念作として、2023年11月に劇場公開。口コミで評判が広まり、ロングランヒットとなった。24年10月には画像や音をより鮮明にリテイクした「真生版」が再上映され、累計の観客動員数は208万人、興行収入は計30億円を突破している。アマゾンプライムビデオなどで配信中。

(2025年8月15日朝刊掲載)

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