社説 [地域の視点から] 空襲被害と向き合う 埋もれる実態 調査と継承を
25年8月14日
													 呉市の和庄公園には戦災供養の地蔵尊が立つ。1945年7月1日夜からの米軍機B29の市街地空襲で、近くの防空壕(ごう)に逃げ込んだ550人が焼夷(しょうい)弾の火災の煙に巻かれて命を落とした。地元の人たち、そして中学生たちによる慰霊が行われてきた。
大戦中の空襲を語り継ぐ営みは各地で続く。ただ被爆地の広島・長崎に比べれば、戦後80年を迎えて先細りは否めない。このままでいいのか。
一晩で約10万人が死亡した東京大空襲を見るまでもなく、市街地への無差別爆撃が国際法違反の非人道的行為だったのは明白だろう。米国への請求権を放棄した日本政府が補償するのが筋なのに、軍人・軍属と遺族への年金など累計60兆円以上の支給に対して、「一般戦災」と呼ばれる空襲被害には何の救済もない。
それでも国会の超党派の議員連盟の手で議員立法の救済法案がこのところ毎年、準備される。国内の空襲で心身に傷を負った生存者に一律50万円の一時金を払う―。限定的な内容であっても自民党内で合意形成に至らず、この通常国会も提出が見送られた。
被爆者への国家補償を拒む理由でもある「受忍論」、戦争被害を国民が等しく我慢すべきだという理屈からだ。戦後80年の節目でも実現しなかったのは極めて残念だ。
手をこまねいていいのか。議員連盟の法案でも空襲被害の実態調査がうたわれる。今からでも地域ごとに掘り起こすことは可能なはずだ。
大きなもので6回繰り返された軍港都市・呉への一連の空襲もそうだ。死者は約2千人とよく語られるが、機密とされた呉海軍工廠(こうしょう)の被害などを含む全体像はいまだ明らかになっていない。市が解明にもっと手を尽くせないか。
原爆を除き8千人以上の戦災死者が出たとされる中国地方を見渡せば、自治体に被害把握で温度差がある。JR岡山駅前で「岡山空襲展示室」を運営する岡山市は毎年の追悼式で犠牲者名簿を奉納し、この1年で2人の身元が判明して1472人となった。
広島への原爆投下の2日後にB29が来襲した福山空襲の犠牲者は355人とされる。その名簿には6年前、遺族の申し出から福山市が28年ぶりに1人を加えた。「戦後」は終わっていない。福山では毎年、若者向けの連続講座で空襲を学んでもらうほか、新たに体験者の証言の映像化を計画する。こうした地道な継承の取り組みも広げたい。
名古屋市や浜松市などは戦災で障害を負った人たちへの独自の見舞金制度まで創設している。少なくとも埋もれつつある地域の記憶を漫然と風化させるのは許されまい。
(2025年8月14日朝刊掲載)
                        
                    大戦中の空襲を語り継ぐ営みは各地で続く。ただ被爆地の広島・長崎に比べれば、戦後80年を迎えて先細りは否めない。このままでいいのか。
一晩で約10万人が死亡した東京大空襲を見るまでもなく、市街地への無差別爆撃が国際法違反の非人道的行為だったのは明白だろう。米国への請求権を放棄した日本政府が補償するのが筋なのに、軍人・軍属と遺族への年金など累計60兆円以上の支給に対して、「一般戦災」と呼ばれる空襲被害には何の救済もない。
それでも国会の超党派の議員連盟の手で議員立法の救済法案がこのところ毎年、準備される。国内の空襲で心身に傷を負った生存者に一律50万円の一時金を払う―。限定的な内容であっても自民党内で合意形成に至らず、この通常国会も提出が見送られた。
被爆者への国家補償を拒む理由でもある「受忍論」、戦争被害を国民が等しく我慢すべきだという理屈からだ。戦後80年の節目でも実現しなかったのは極めて残念だ。
手をこまねいていいのか。議員連盟の法案でも空襲被害の実態調査がうたわれる。今からでも地域ごとに掘り起こすことは可能なはずだ。
大きなもので6回繰り返された軍港都市・呉への一連の空襲もそうだ。死者は約2千人とよく語られるが、機密とされた呉海軍工廠(こうしょう)の被害などを含む全体像はいまだ明らかになっていない。市が解明にもっと手を尽くせないか。
原爆を除き8千人以上の戦災死者が出たとされる中国地方を見渡せば、自治体に被害把握で温度差がある。JR岡山駅前で「岡山空襲展示室」を運営する岡山市は毎年の追悼式で犠牲者名簿を奉納し、この1年で2人の身元が判明して1472人となった。
広島への原爆投下の2日後にB29が来襲した福山空襲の犠牲者は355人とされる。その名簿には6年前、遺族の申し出から福山市が28年ぶりに1人を加えた。「戦後」は終わっていない。福山では毎年、若者向けの連続講座で空襲を学んでもらうほか、新たに体験者の証言の映像化を計画する。こうした地道な継承の取り組みも広げたい。
名古屋市や浜松市などは戦災で障害を負った人たちへの独自の見舞金制度まで創設している。少なくとも埋もれつつある地域の記憶を漫然と風化させるのは許されまい。
(2025年8月14日朝刊掲載)

						
						






