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連載・特集

緑地帯 明石英嗣 岡山の文学者が伝える戦後80年③

 2023年10月、岡山市は文学分野で「ユネスコ創造都市ネットワーク」へ加盟認定された。七つの分野のうち、文学では国内初の認定となった。岡山市が地元出身の児童文学者坪田譲治(1890~1982年)を顕彰し、その名を冠した文学賞を40年近く運営。阿川佐和子さんや重松清さんをはじめ文壇で活躍する作家を輩出してきたことなどが評価された。

 坪田は、家業の織機工場を手伝いながら広島市出身の児童文学者、鈴木三重吉が主催した児童文学雑誌「赤い鳥」に投稿するなどして文筆活動を続けた。だが、生活は困窮を極めた。転機が訪れたのは35年。小説家山本有三の推薦により「お化けの世界」が雑誌「改造」に掲載されてからだ。45歳にしてやっと文壇で認められたのである。その後発表した「風の中の子供」は映画化までされた。

 作家として最盛期だった頃の日本は戦時下へ向かう時期と重なる。坪田は、太平洋戦争の真っただ中の43年、最初の昔話集「鶴の恩がへし」を発刊。後書きで「強い国力をもつ国家は、昔から伝承されている子供のための立派なお話を持っていないでしょうか。そのお話によって、次々と正しい子供、良い子供、強い子供を育てているのでは」と記す。検閲をくぐり抜けながらの文章には、児童文学作家として、争い事を戒め、平和な世界を子どもたちへ託す坪田の思いが滲(にじ)む。世界中で語り継がれる昔話には、こうした力があると信じたい。(吉備路文学館館長=岡山市)

(2025年8月21日朝刊掲載)

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