『ひと・とき』 声楽家・指揮者 内田陽一郎さん
25年8月22日
合唱の力でヒロシマ伝えたい
被爆80年に合わせ、広島市内で開かれた東京混声合唱団(東混)と広島の主な合唱団の共催コンサートで「広島 愛の川」を指揮。市民や小学生が加わった約180人を束ね、満席の会場を感動の渦で包み込んだ。
「はだしのゲン」で知られる漫画家の中沢啓治さんが残した詩に曲を付けた合唱曲。「原爆で屍(しかばね)が重なっていた川から、人間の復興の力へ向かう生命力や思いが描かれている」。4部合唱の全パートの譜面を頭に入れ、本番に臨んだ。数年前からつえが手放せず、座ったまま指揮する予定だったが、熱量に押され、時折立ち上がって前のめりに。「合唱は技術だけではない。あの日は、心に迫るものがあった」
下関市で育ち、東京芸術大声楽科を卒業後、イタリア留学を経て、1978年エリザベト音楽大に赴任した。以来、広島を拠点に、地域の合唱団や市民オペラの指導に心血を注いできた。
34歳だった81年、オペラ「はだしのゲン」で、ゲンを演じたことがある。稽古の見学に訪れた中沢さんが「戦争っていうのは突然起こるのではなく、前々から準備されて、国民を巻き込んでいく」と語る姿を鮮明に記憶している。「国家権力への怒りでゲンを描いた中沢さんは、憎しみ、苦しみは自分の世代だけにしたいと願っていた」
今回の公演で、合唱の底力を再認識した。「今、世界は危機的な状況にある。歌うことでヒロシマのメッセージを伝えるとともに、原爆の実相をつなぐ」と言い切る。(桑島美帆)
(2025年8月22日朝刊掲載)