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戦争体験の物語化 強みと危うさ 小山田浩子さん「作文」を出版

 広島市在住の芥川賞作家小山田浩子さん(41)が、初めて戦争を題材にした小説「作文」=U―NEXT=を出版した。戦争を語り継ぐことをテーマにし、実体験に根差した記憶が「物語」として伝えられていく強みと危うさについて考えた。

 1995年夏、広島で暮らす小学6年生の慶輔は、宿題の作文を祖父から戦争体験を聞いて書こうとする。10年後、亡くなった祖父の遺品からその作文が見つかり、家族は感動するのだが…。同じく作文を書いた苑子は2024年、パレスチナ問題のために活動する人たちと出会い、動き始める。

 「広島の小説家として戦争や原爆は書かなきゃいけないという思いがあった」と小山田さん。これまでエッセーでは戦争や平和教育について思いを吐露してきた。一方、小説は「当事者でないという思いがあり、何度か試みたがうまくいかなかった」と振り返る。出版社から「語り継ぐ」というテーマで依頼を受け、「証言を聞いて作文を書く立場なら当事者になり得る」と考えた。

 執筆を通じて感じたのは「体験の物語化」だ。作中の2人は脚色などを加えた作文によって、大人から褒められる。「証言を聞いたり読んだりする時、それが全部本当なのかは分からない。語り手の勘違いや聞き手の取り違えで形はどんどん変わっていく」と指摘する。

 そして「物語化は人に伝えるために絶対に必要な半面、真実だと信じてしまったり、悪意を持って運用されたりもする。聞き手がその危険性を考えておくことが大切」と語る。

 背景の一つに、入市被爆した祖母へ聞き取りをした経験がある。「話に矛盾する部分もあったが、何もかもがうそだというわけではない。伝えたいという意志があれば、本人が信じている物語には意味があると感じた」と話す。

 「今起きている戦争に関心を持ってほしい」との思いから、小説の後半は現代に舞台を移す。広島駅近くの路上でパレスチナ問題を伝えるプラカードを掲げてチラシを配る人と、それを見て見ぬふりをする通行人。小山田さんは「過去の物語を知ることはもちろん大事。でも交流サイト(SNS)での発信や選挙の投票など、今の私たちの選択や行動の結果として、平和や戦争があるんだという意識も必要だと思います」

 動画配信サービスU―NEXTの「100分で楽しめる」をコンセプトにしたシリーズ。990円。(仁科裕成)

(2025年8月26日朝刊掲載)

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