緑地帯 明石英嗣 岡山の文学者が伝える戦後80年⑥
25年8月27日
岡山市出身の吉行淳之介(1924~94年)の父はモダニズムの詩人エイスケで、母あぐりは、NHK連続テレビ小説「あぐり」の主人公のモデルにもなった美容家だ。
高校2年の時に書いたデビュー作「星が流れつつある」について、文芸誌「群像」の編集長は「この散文詩は、敗戦前年の初冬でありながら、『下宿に寝ころんで窓越しに真夜中の星を眺める』その心象風景が、吉行さんの小説世界を先取って興味をそそられる」と評した。
淳之介は、東京帝国大時代からアルバイトで出版社の編集をしていたが、30歳を手前にして結核を患う。54年の上半期に「驟雨(しゅうう)」で芥川賞を受賞した時も、東京都清瀬市の国立病院に入院中だった。翌年、「群像」に「焔(ほのお)の中」が掲載された。
学生であった戦時中の自伝書に近い青春小説だが、200機にも及ぶ敵機の編隊飛行の様子や、空襲から逃げ惑う人々の描写は、今読んでも読者に追体験させる力がある。あとがきの中で「戦後十年経った。この間に、僕は自分の外側から自分をながめる眼を、ある程度身につけることができたと思っている。そろそろ、“あの時期”を掘りかえしてみたい」と記している。
終戦80年となった今、戦争体験者としての淳之介が、自身をどのように眺め、描写しているのか。再び「焔の中」を読み返してみたい。世界中で今なお繰り返されている“あの時期”をぜひとも終わらせたい。(吉備路文学館館長=岡山市)
(2025年8月27日朝刊掲載)
高校2年の時に書いたデビュー作「星が流れつつある」について、文芸誌「群像」の編集長は「この散文詩は、敗戦前年の初冬でありながら、『下宿に寝ころんで窓越しに真夜中の星を眺める』その心象風景が、吉行さんの小説世界を先取って興味をそそられる」と評した。
淳之介は、東京帝国大時代からアルバイトで出版社の編集をしていたが、30歳を手前にして結核を患う。54年の上半期に「驟雨(しゅうう)」で芥川賞を受賞した時も、東京都清瀬市の国立病院に入院中だった。翌年、「群像」に「焔(ほのお)の中」が掲載された。
学生であった戦時中の自伝書に近い青春小説だが、200機にも及ぶ敵機の編隊飛行の様子や、空襲から逃げ惑う人々の描写は、今読んでも読者に追体験させる力がある。あとがきの中で「戦後十年経った。この間に、僕は自分の外側から自分をながめる眼を、ある程度身につけることができたと思っている。そろそろ、“あの時期”を掘りかえしてみたい」と記している。
終戦80年となった今、戦争体験者としての淳之介が、自身をどのように眺め、描写しているのか。再び「焔の中」を読み返してみたい。世界中で今なお繰り返されている“あの時期”をぜひとも終わらせたい。(吉備路文学館館長=岡山市)
(2025年8月27日朝刊掲載)