大江健三郎さんとヒロシマ 尾崎真理子さんが文芸誌にルポ 人脈と創作への影響たどる
25年9月2日
文芸誌「群像」9月号に、文芸評論家の尾崎真理子さんが「大江健三郎と『ヒロシマ・ノート』の人々」と題したルポルタージュを寄せている。ノーベル文学賞作家の大江健三郎さん(2023年に88歳で死去)が取材などで出会った広島ゆかりの人々の肖像や面影、創作に与えた影響をたどっている。
大江さんの初期作「ヒロシマ・ノート」に、「(交友した大学4年間に)ただ一度も、原爆についてかたることがなかった」広島出身の友人として登場する山内久明さんの述懐を入り口として、若き日の大江さんに「広島的なる人々」として刻まれた医師の重藤文夫さん、哲学者の森滝市郎さんたちの人物像をつづる。
中国新聞社の論説主幹などを務め、「原水爆被災白書」作りを提唱した金井利博さんについても、大江さんの「盟友」として詳述した。続く後半部では、広島での出会いや体験を大江さんが小説にどう反映させたのか、どう文学に昇華させたのかをたどる。
大江さんが繰り返し小説に登場させた「黒い水(洪水)」は、すべての生命を押し流す天災と、原爆という暗黒の人災を重ねたものではないか。やはり小説に何度も現れる「隻眼」、視力に問題を抱える人は、原爆で右目の視力を失った森滝さんのほか、たたら製鉄や鍛冶の神の伝承にも着想したのではないか―。ルポというよりも論考の趣を増しつつ、説得力のある仮説を連ねる。
大江さんは晩年も脱原発運動に献身するなど、「行動する作家」であり続けた。文学から実践まで想像力をみなぎらせたその姿のうちにも、「ヒロシマ・ノート」の人々が響き続けていたことを感得させる。講談社、1550円。(道面雅量)
(2025年9月2日朝刊掲載)
大江さんの初期作「ヒロシマ・ノート」に、「(交友した大学4年間に)ただ一度も、原爆についてかたることがなかった」広島出身の友人として登場する山内久明さんの述懐を入り口として、若き日の大江さんに「広島的なる人々」として刻まれた医師の重藤文夫さん、哲学者の森滝市郎さんたちの人物像をつづる。
中国新聞社の論説主幹などを務め、「原水爆被災白書」作りを提唱した金井利博さんについても、大江さんの「盟友」として詳述した。続く後半部では、広島での出会いや体験を大江さんが小説にどう反映させたのか、どう文学に昇華させたのかをたどる。
大江さんが繰り返し小説に登場させた「黒い水(洪水)」は、すべての生命を押し流す天災と、原爆という暗黒の人災を重ねたものではないか。やはり小説に何度も現れる「隻眼」、視力に問題を抱える人は、原爆で右目の視力を失った森滝さんのほか、たたら製鉄や鍛冶の神の伝承にも着想したのではないか―。ルポというよりも論考の趣を増しつつ、説得力のある仮説を連ねる。
大江さんは晩年も脱原発運動に献身するなど、「行動する作家」であり続けた。文学から実践まで想像力をみなぎらせたその姿のうちにも、「ヒロシマ・ノート」の人々が響き続けていたことを感得させる。講談社、1550円。(道面雅量)
(2025年9月2日朝刊掲載)