社説 膨張する防衛費 緊張のエスカレートを危惧
25年9月5日
このまま際限なく膨張していくのだろうか。防衛省の2026年度予算概算要求が、約8兆8千億円と過去最大を更新した。昨年の要求より2800億円以上増えた。
岸田政権が掲げた「5年で43兆円」の4年目。防衛力の抜本強化は予算の上では着々と実行に移されていよう。
時代の流れに即して評価できる点もある。多発する大災害にも派遣される自衛隊の現場が人員不足に悩む中で、処遇や勤務環境改善などに7600億円強を盛り込んだ。
だが総じて危惧を抱かざるを得ない。防衛力の変容が例年以上に色濃く読み取れるからだ。とりわけ政府が「反撃能力」と称する敵基地攻撃能力の保有が実戦レベルで加速している。敵の射程圏外から攻撃する長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」などの関連経費は1兆円を超えた。
台湾侵攻をにらむ中国を念頭に置く「南西シフト」の象徴にほかならない。22年の安全保障関連3文書改定で反撃能力の保有は明記されたが、日本が堅持する専守防衛から逸脱する疑いはやはり強い。仮に相手がミサイル発射など危険な兆候を見せたとして、どんな場合にどう攻撃するのか。肝心な部分が曖昧なまま配備の既成事実化が進む。
概算要求と同じ日に防衛省から重要な発表があった。スタンド・オフ・ミサイルの実戦配備計画だ。千キロほど飛ぶ初の国産長射程ミサイルを、来年3月ごろ熊本の陸上自衛隊駐屯地にまず配備。27年度までに、計4道県の駐屯地に置くほか護衛艦や戦闘機に搭載するという。「攻撃目標になるのでは」との懸念が熊本の住民などから出ている。
加えて防衛省は長射程ミサイルの一つとして、音速の5倍以上で飛行する「極超音速誘導弾」の量産着手を概算要求に入れた。潤沢な予算を背景に新たな装備が次々と導入されていく構図は鮮明だ。
その意味でも今回の要求でもう一つ目を引くのが、数千規模の大量の無人機による沿岸防衛体制の構築だろう。
ロシアのウクライナ侵攻で両国は無人機攻撃の応酬を繰り広げている。さらに中国も3日の「抗日戦争勝利80年」記念行事の軍事パレードでは新型のミサイルに加え、人工知能(AI)を搭載するステルス無人機を公開した。
この現状を踏まえた自衛隊の攻撃用、偵察用の無人機の製造施設が、整備に向けて6億円を計上した呉市の複合防衛拠点に置かれる可能性がある。万一の際、無人機展開の阻止のために攻撃される恐れは本当にないのだろうか。
安全保障上の脅威として、中国やロシアなどの軍事力強化はむろん看過できない。ただミサイルにミサイル、無人機に無人機で対抗する発想だけでは緊張がエスカレートするばかりだ。軍拡という負の連鎖に歯止めをかけたい。
関税交渉に絡み、米トランプ政権による防衛費増の圧力も予想される。財源を心配する声もあるが、大切なのは額より中身だろう。戦後80年、平和国家として身の丈に合った防衛力のありようを今こそ見つめ直すべきである。
(2025年9月5日朝刊掲載)
岸田政権が掲げた「5年で43兆円」の4年目。防衛力の抜本強化は予算の上では着々と実行に移されていよう。
時代の流れに即して評価できる点もある。多発する大災害にも派遣される自衛隊の現場が人員不足に悩む中で、処遇や勤務環境改善などに7600億円強を盛り込んだ。
だが総じて危惧を抱かざるを得ない。防衛力の変容が例年以上に色濃く読み取れるからだ。とりわけ政府が「反撃能力」と称する敵基地攻撃能力の保有が実戦レベルで加速している。敵の射程圏外から攻撃する長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」などの関連経費は1兆円を超えた。
台湾侵攻をにらむ中国を念頭に置く「南西シフト」の象徴にほかならない。22年の安全保障関連3文書改定で反撃能力の保有は明記されたが、日本が堅持する専守防衛から逸脱する疑いはやはり強い。仮に相手がミサイル発射など危険な兆候を見せたとして、どんな場合にどう攻撃するのか。肝心な部分が曖昧なまま配備の既成事実化が進む。
概算要求と同じ日に防衛省から重要な発表があった。スタンド・オフ・ミサイルの実戦配備計画だ。千キロほど飛ぶ初の国産長射程ミサイルを、来年3月ごろ熊本の陸上自衛隊駐屯地にまず配備。27年度までに、計4道県の駐屯地に置くほか護衛艦や戦闘機に搭載するという。「攻撃目標になるのでは」との懸念が熊本の住民などから出ている。
加えて防衛省は長射程ミサイルの一つとして、音速の5倍以上で飛行する「極超音速誘導弾」の量産着手を概算要求に入れた。潤沢な予算を背景に新たな装備が次々と導入されていく構図は鮮明だ。
その意味でも今回の要求でもう一つ目を引くのが、数千規模の大量の無人機による沿岸防衛体制の構築だろう。
ロシアのウクライナ侵攻で両国は無人機攻撃の応酬を繰り広げている。さらに中国も3日の「抗日戦争勝利80年」記念行事の軍事パレードでは新型のミサイルに加え、人工知能(AI)を搭載するステルス無人機を公開した。
この現状を踏まえた自衛隊の攻撃用、偵察用の無人機の製造施設が、整備に向けて6億円を計上した呉市の複合防衛拠点に置かれる可能性がある。万一の際、無人機展開の阻止のために攻撃される恐れは本当にないのだろうか。
安全保障上の脅威として、中国やロシアなどの軍事力強化はむろん看過できない。ただミサイルにミサイル、無人機に無人機で対抗する発想だけでは緊張がエスカレートするばかりだ。軍拡という負の連鎖に歯止めをかけたい。
関税交渉に絡み、米トランプ政権による防衛費増の圧力も予想される。財源を心配する声もあるが、大切なのは額より中身だろう。戦後80年、平和国家として身の丈に合った防衛力のありようを今こそ見つめ直すべきである。
(2025年9月5日朝刊掲載)