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社説・コラム

天風録 『杉さまの尋ね人』

 「被爆の証人を捜してます」。52年前、熊本の主婦から広島県被団協に切実な声が届く。6歳で原爆孤児となり、見知らぬ熊本の女性の元で育った。広島の記憶はおぼろげで自分の名字すら思い出せない。被爆者健康手帳を申請するため、わらにもすがる思いだったらしい▲少女時代の写真がテレビで流れた。広島の39歳男性は「夢かと思った」。焦土で生き別れた妹の面影があり、下の名前も一致していた。後に28年ぶりに再会し、長らく無言で見つめ合う▲こちらの尋ね人はどうか。歌手で俳優の杉良太郎さんが、55年前に長崎で出会った被爆者の女性を捜している。81歳の今でも悔やむのは、小料理屋を営む女性に何げなく「結婚されてますか」と尋ねた言葉▲女性は着物の裾をまくり、脚のケロイドを見せて言う。「だから結婚できません」。外から見えぬ被爆の苦しみ、悲しみ。杉さんは己の無遠慮を恥じた。再会し、わびたいと願うほどに▲被爆80年のことしは日本被団協の新聞で呼びかけ、自ら長崎を捜し歩いた。「杉さま」はかつて広島の被爆者の慰問で感極まり、涙で歌えなくなった逸話もある。スターの繊細な心に、どうか幸せな消息が届きますように。

(2025年9月6日朝刊掲載)

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