社説 防衛有識者会議の提言 原潜検討 平和主義覆すのか
25年9月22日
防衛省の有識者会議が先週、防衛力の抜本的強化に関する報告書をまとめた。
長時間潜航できる潜水艦の動力として原子力の活用検討や、防衛装備品の輸出拡大、国内総生産(GDP)比2%への増大を目指している防衛費の一層の上積みに向けた議論などを提言している。
核兵器を含めた軍事力増強に余念のない中国などへの対抗が狙いのようだ。とはいえ財政状況が厳しい中、なぜ防衛費だけ特別扱いするのか。「平和国家」の理念に反するのではないか。これでは、国民の理解は到底得られまい。
報告書は、潜水艦について「長射程ミサイルを搭載し、長距離、長期間の移動や潜航を可能にすることが望ましい」と指摘。「次世代の動力」活用の検討を求めている。明示はしていないが、燃料電池などと共に、原子力を視野に入れている。
原子力潜水艦は通常、核兵器を含むミサイルを搭載して隠密潜航させるのが目的だ。実際、米国やロシア、中国、英国、フランスなどの核兵器保有国しか持っていない。
日本の原潜保有は、原子力基本法が定める「原子力の平和利用」と食い違う。長射程ミサイルを搭載した潜水艦自体が、憲法の原則である「平和主義」を後退させ、専守防衛を逸脱することが懸念される。疑問や反発の声が国内外で上がるのは避けられまい。あえて、そうした道を選ぶ必要があるのだろうか。
疑念が拭えないのは、防衛装備品の輸出拡大も同じだ。報告書は、防衛産業の育成を織り込みながら「防衛力の抜本的強化と経済成長の好循環につながる」として輸出ルールの緩和を迫っている。ウクライナのように、他国から脅威を受けている友好国には殺傷能力のある武器を含め「制限を設けないとする考え方も一案だ」とも記している。
元来、戦後日本は武器輸出を禁じてきた。それを2014年、当時の安倍政権が転換。「救難、輸送、警戒、監視、掃海」の5類型に限って装備品の輸出を容認した。防衛装備移転三原則である。
しかし、国際紛争を助長するとの不安は拭えず、国民の賛否も分かれている。政府は2年前、殺傷能力のある武器輸出に道を開いた。それに続く輸出拡大で、好戦的な国家へと道を外しかねない。
防衛費の一層の増額も、現実的な提言とは思えない。報告書は、関連経費と合わせてGDP比2%とする政府目標を評価しつつ、増額に向けた議論を求めている。
ただ、27年度まで5年間の防衛費総額を約43兆円とする現在の防衛力整備計画ですら、国民負担の増大なしでは実現は不可能だ。減税を掲げる政党が支持を広げる中、所得税増税に踏み込む目算が政府にあるのだろうか。
報告書の提言は、いずれも平和国家としての日本の歩みを根底から覆してしまう。しかも防衛力増強は、相手国の軍備拡充を招くばかりか、対話の道を狭めかねない。結果的に、地域の平和と安定は遠のく一方だと、政府も国会議員も肝に銘じるべきだ。
(2025年9月22日朝刊掲載)
長時間潜航できる潜水艦の動力として原子力の活用検討や、防衛装備品の輸出拡大、国内総生産(GDP)比2%への増大を目指している防衛費の一層の上積みに向けた議論などを提言している。
核兵器を含めた軍事力増強に余念のない中国などへの対抗が狙いのようだ。とはいえ財政状況が厳しい中、なぜ防衛費だけ特別扱いするのか。「平和国家」の理念に反するのではないか。これでは、国民の理解は到底得られまい。
報告書は、潜水艦について「長射程ミサイルを搭載し、長距離、長期間の移動や潜航を可能にすることが望ましい」と指摘。「次世代の動力」活用の検討を求めている。明示はしていないが、燃料電池などと共に、原子力を視野に入れている。
原子力潜水艦は通常、核兵器を含むミサイルを搭載して隠密潜航させるのが目的だ。実際、米国やロシア、中国、英国、フランスなどの核兵器保有国しか持っていない。
日本の原潜保有は、原子力基本法が定める「原子力の平和利用」と食い違う。長射程ミサイルを搭載した潜水艦自体が、憲法の原則である「平和主義」を後退させ、専守防衛を逸脱することが懸念される。疑問や反発の声が国内外で上がるのは避けられまい。あえて、そうした道を選ぶ必要があるのだろうか。
疑念が拭えないのは、防衛装備品の輸出拡大も同じだ。報告書は、防衛産業の育成を織り込みながら「防衛力の抜本的強化と経済成長の好循環につながる」として輸出ルールの緩和を迫っている。ウクライナのように、他国から脅威を受けている友好国には殺傷能力のある武器を含め「制限を設けないとする考え方も一案だ」とも記している。
元来、戦後日本は武器輸出を禁じてきた。それを2014年、当時の安倍政権が転換。「救難、輸送、警戒、監視、掃海」の5類型に限って装備品の輸出を容認した。防衛装備移転三原則である。
しかし、国際紛争を助長するとの不安は拭えず、国民の賛否も分かれている。政府は2年前、殺傷能力のある武器輸出に道を開いた。それに続く輸出拡大で、好戦的な国家へと道を外しかねない。
防衛費の一層の増額も、現実的な提言とは思えない。報告書は、関連経費と合わせてGDP比2%とする政府目標を評価しつつ、増額に向けた議論を求めている。
ただ、27年度まで5年間の防衛費総額を約43兆円とする現在の防衛力整備計画ですら、国民負担の増大なしでは実現は不可能だ。減税を掲げる政党が支持を広げる中、所得税増税に踏み込む目算が政府にあるのだろうか。
報告書の提言は、いずれも平和国家としての日本の歩みを根底から覆してしまう。しかも防衛力増強は、相手国の軍備拡充を招くばかりか、対話の道を狭めかねない。結果的に、地域の平和と安定は遠のく一方だと、政府も国会議員も肝に銘じるべきだ。
(2025年9月22日朝刊掲載)