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社説・コラム

『書評』 戦争トラウマを生きる 蟻塚亮二、黒井秋夫著 究極の暴力 本質に迫る

 敗戦から80年。戦地に赴いた旧日本軍兵士の多くは世を去り、直接証言を得ることはますます困難になっている。

 だが時を経て、子や孫の世代によって語られ、見えてきた断面もある。元兵士らにもたらされたトラウマ(心的外傷)がそれである。

 戦場や従軍で苛烈な暴力にさらされ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する兵士は少なくない。米帰還兵のトラウマは映画の題材にもなり広く知られてきた。にもかかわらず、先の戦争における元日本兵のトラウマについては、長く不可視化されてきた。

 本書は、この問題を家族の立場から世に訴えてきた「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」代表黒井秋夫さんと、精神科医蟻塚亮二さんとの対談から成る。

 黒井さんは、旧満州(中国東北部)から帰還し心を病んでいたであろう亡き父について語り、沖縄戦体験者のトラウマに向き合ってきた蟻塚さんは、医学的知見を提供しながら、自身も家族の戦後に思いを致す。元兵士らが戦後に暴力や酒依存で家族を傷つけた事例にも触れ、今に続く「戦争トラウマ」を浮き彫りにしていく。

 後半は韓国編、中国編、沖縄編とし、専門家を交えた紙上シンポジウムで構成。対話を通じて植民地支配や戦争加害の歴史にも向き合い、国家がもたらす究極の暴力である戦争の本質に迫る。

 兵士だった父がトラウマに苦しんだなら被害を受けた側の傷はどれほどか―。そう考えた黒井さんは父が赴いた中国に謝罪の旅へ。自宅脇には「戦争はしません」と記した白旗を掲げる。亡き父と向き合い、たどり着いた心境も吐露する。蟻塚さんは、そんな「出会い直し」の意義を説く。

 副題は「語られなかった日本とアジアの戦争被害、傷ついたものがつくる平和」。戦争の傷は深く長く続く。それを主体的に解明していくことが、戦争しない選択につながるとの強い決意がにじんでいる。(森田裕美・論説委員)

泉町書房・1980円

(2025年9月21日朝刊掲載)

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