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[表現者の戦後・被爆80年] 作家・アーティスト 小林エリカさん(47)

歴史から抜け落ちた事実を編む

体験継承へ「目に見えないこと 想像しよう」

 小説「女の子たち風船爆弾をつくる」(文芸春秋)が話題を呼ぶ作家・アーティストの小林エリカさん(47)。丹念なリサーチに基づく史実とフィクションを織り交ぜた作品を制作し、その表現方法は小説、漫画、絵画、朗読劇など多岐にわたる。核や放射能、戦争の歴史を一貫したテーマとしてきた。(木原由維)

 ≪第2次世界大戦末期、米国本土を攻撃するための「風船爆弾」が、日本各地から放たれた。昨年刊行した「女の子たち―」は、風船爆弾作りに動員された東京の女学校の生徒たちの証言と資料を基に編まれた小説。和紙とコンニャクのりでできた直径10メートルの爆弾は、一部が実際に着弾し、犠牲者を出した。≫

 風船爆弾の存在を知ったのは小学生の頃。動員された女性の話を母親づてに聞き、ずっと心に留めていた。小説を書くにあたり、膨大な量の資料を調べ、当事者やその家族、同級生たちに取材した。制服に憧れたり、宝塚少女歌劇団を応援したり。10代の時の自分とそう変わらない「普通の女の子」たちが、戦争にいや応なしに巻き込まれた事実に衝撃を受けた。

 彼女たちは、それが旧日本陸軍の開発した兵器であることの詳細を知らされなかった。ある女性は戦後40年がたって風船爆弾の写真をたまたま目にし、初めて自分が作っていたものが犠牲者を出したと知った。

 この国では、戦争がどう間違っていたのかという振り返りを全然できていない。歴史から抜け落ちた事実がまだまだある。当事者が語らない、語れない、ということそのものを記録することが、すごく大事だと思う。歴史を丁寧に振り返らなければ、先には進めない。

 ≪創作の大きな原動力が、15年前に81歳で亡くなった精神科医でエスペラント研究者の父、司さん。第2次世界大戦中に旧満州(中国東北部)で育ち、日本に帰って金沢で入学した高校では学徒動員が始まった。≫

 父が亡くなる直前、敗戦間近の16、17歳の時の日記を見つけた。「又一日命が延びた」と記した同じページに、好きな人や勉強の悩みといった、とりとめのない日常が書いてあった。飛行機工場で働く青年だった父も、風船爆弾を作っていた女性と同じように、戦争のただ中で勉強したり恋したり、悩んだりした。戦争と日常は地続きだった。それまで「遠いもの」だった戦争へのイメージを大きく変えられた。

 そもそも私は10歳の時にアンネ・フランクの「アンネの日記」を読み、作家になりたいと強く憧れて今がある。父の日記のように、どこにも書き残されず消えていった日常は数え切れないほどある。それらを作品としてとどめておきたいという気持ちが、ずっと私を突き動かしている。

 ≪2017年、広島の被爆者で女性史研究家、加納実紀代さん(19年に78歳で死去)と出会った。東京で開かれたシンポジウムに共に登壇したことがきっかけ。加納さんと仲間が20年間にわたり刊行したミニコミ誌「銃後史ノート」について語り合い、大きな影響を受けた。≫

 シンポのタイトルは「こうして戦争は始まる」だった。銃後史ノートには、当時の女性たちがだんだんと国への忠誠心を持ち、戦争を支えていくさまが書かれている。当時の声をたどっていくと、いくつもの引き返せたかもしれない点があることが分かる。引き返せなくなってしまう前に、戦争という選択にあらがい、阻止するためのポイントを知り、後世に継承する責任を痛感した。

 教科書や歴史の本で読んだ第2次世界大戦という出来事は男性たちの名前で埋め尽くされていた。女性や子どもたちが登場したとしても、戦争の犠牲者で悲劇的な存在を背負わされてきた。けれど、本当にただかわいそうで無力だったのか。加納さんと語り合い、はっとさせられた。

 ≪今夏は、ヒロシマ、ナガサキにまなざしを向けた。8月3~9日、広島、長崎市で自由参加のワークショップを企画。地元の人たちから「声高には語ってこなかった」記憶を聞き取って回った。形としては残らなかった、知られざる側面に光を当てる―。ここにも、作家としてのポリシーが重なる。≫

 「写真には残っていなくても、あなたにとっての大切な瞬間」を共通の質問とし、多くの人に答えてもらった。それぞれの記憶を再現した「肖像画」とテキストを組み合わせた作品集としてまとめ、発表したい。

 「目には見えないことを想像しよう」。戦争体験を継承するために私ができるのは、そう伝え続けることだと思う。想像し続けることは誰にでもできるし、その努力がこの先90年、100年の「戦後」を保つことにつながる。

 今この瞬間にも、世界中で犠牲者が出ている。私たちの選択一つ一つが、将来、誰かの命を左右するかもしれない。無力感にさいなまれている人に伝えたい。私たちは全く無力ではない。

こばやし・えりか
 1978年東京都生まれ。東京大大学院学際情報学府修士課程修了。著書にコミック「光の子ども」1~3(2013~19年)小説「マダム・キュリーと朝食を」(14年)など多数。小説「女の子たち風船爆弾をつくる」で第78回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)受賞。今夏、電子出版社「arbaro books(アルバーロ・ブックス)」を立ち上げ、第1弾として「光の子ども1」の英語版を刊行。今後も核や原爆、放射能の歴史を伝える本を英語や他の言語で順次刊行する。

(2025年10月1日朝刊掲載)

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