[被爆80年] 島根県原爆被爆者協議会 県立大「海遊祭」 学生とコラボ展示 12・13日 県西部女性2人の体験
25年10月6日
島根県原爆被爆者協議会は、12、13日に県立大浜田キャンパス(浜田市)である学園祭「海遊祭」で、「原爆と人間展」を開く。浜田や益田にあった被爆者団体がなくなり、県西部での活動が遠のいていた中、被爆80年を機に同大の平和サークル「ピースライン」と共同で企画した。(上田光、黒田健太郎)
講義棟内の一室に、同協議会とピースラインがそれぞれパネルなどを展示。同協議会は、ともに17歳の時に被爆したという県西部の女性2人に寄せてもらった体験を紹介する。
益田市の女性は、学徒動員先の呉市で見た原爆投下時の様子を「緑色の異様な光、今まで見たことがない光がまたたく星のように走りました」などと証言。爆心地から約1・6キロの場所で被爆した津和野町の女性は「顔や手にガラスの破片が刺さり、背中にも深い傷を受け、誰か分からない程に出血していました」と記憶を寄せている。
ピースラインのメンバーは、広島や長崎の原爆投下について解説。9月に浜田養護学校で実施した出張授業での活動報告や、同校の生徒たちが作った折り鶴の展示も計画する。
県内では、2018年6月に益田市原爆被爆者之会が解散して、西部の団体がなくなった。現在、活動実績があるのは、出雲市と雲南市だけとなっている。被爆80年の節目に合わせて、県協議会事務局長の堂前直行さん(74)が西部での活動を模索。県や市町に相談する中でピースラインの存在を知り、学生たちと連絡を取って共同展示が実現した。
堂前さんは「戦争を知らない若い世代が積極的に活動してくれて心強い」と喜ぶ。ピースライン代表で国際関係学部2年の戸田莉生さん(20)は「今後も協力して、平和を願う輪を島根でも広げていきたい」と張り切っている。
(2025年10月6日朝刊掲載)
講義棟内の一室に、同協議会とピースラインがそれぞれパネルなどを展示。同協議会は、ともに17歳の時に被爆したという県西部の女性2人に寄せてもらった体験を紹介する。
益田市の女性は、学徒動員先の呉市で見た原爆投下時の様子を「緑色の異様な光、今まで見たことがない光がまたたく星のように走りました」などと証言。爆心地から約1・6キロの場所で被爆した津和野町の女性は「顔や手にガラスの破片が刺さり、背中にも深い傷を受け、誰か分からない程に出血していました」と記憶を寄せている。
ピースラインのメンバーは、広島や長崎の原爆投下について解説。9月に浜田養護学校で実施した出張授業での活動報告や、同校の生徒たちが作った折り鶴の展示も計画する。
県内では、2018年6月に益田市原爆被爆者之会が解散して、西部の団体がなくなった。現在、活動実績があるのは、出雲市と雲南市だけとなっている。被爆80年の節目に合わせて、県協議会事務局長の堂前直行さん(74)が西部での活動を模索。県や市町に相談する中でピースラインの存在を知り、学生たちと連絡を取って共同展示が実現した。
堂前さんは「戦争を知らない若い世代が積極的に活動してくれて心強い」と喜ぶ。ピースライン代表で国際関係学部2年の戸田莉生さん(20)は「今後も協力して、平和を願う輪を島根でも広げていきたい」と張り切っている。
(2025年10月6日朝刊掲載)