×

ニュース

[被団協ノーベル賞発表1年] 「核廃絶の大運動起こせず、もどかしい」 田中熙巳 代表委員インタビュー

 ノーベル平和賞を受賞した日本被団協の田中熙巳(てるみ)代表委員(93)=埼玉県新座市=が、昨年10月11日の受賞決定から1年を迎えるのを前に中国新聞の取材に応じた。「核兵器廃絶の大運動を起こせず、もどかしい。なぜなのか。反省し、考えている」と語った。

 田中さんは昨年12月にノルウェー・オスロであった授賞式で演説し、核兵器も戦争もない人間社会の実現を世界に訴えた。しかし、各地の戦火はやまず、日本政府は核兵器禁止条約に背を向けて米国の核抑止力を強化する。「年を取った。何かやろうと呼びかけても自分が動けない」

 この1年、全国各地から証言や講演の依頼が相次いだ。「どこでも歓迎される。でも、『おめでとう』では過去の話だ。これから何をするか考えてほしい」。被団協の今後について「被爆2世を中心に、核兵器廃絶の運動を続けてほしい。元気である限り、見届ける」と語った。

現状変革 市民の奮起を

反核へ対話し体動かして

 ―この1年を振り返っていかがですか。
 ノーベル平和賞の授賞式を終えた昨年12月の記者会見で、被爆80年のことし、核兵器廃絶の大運動をしようと訴えた。だが、現状は全然大運動に発展していない。日本の若者や労働者に元気がない。格差を広げた過去20年の新自由主義の帰結だと感じる。  ―運動はどうあるべきですか。
 今の日本ではもう署名には力がない。署名した人の行動が変わり、目に見えるほど大きくならなければ、どんなに集めたって政府はびくともしない。対話し、体を動かすのが運動だ。11日にある被爆80年の集会をただのセレモニーに終わらせたくない。僕に言わせれば、運動の出発点となる決起集会にならないといけない。つい説教じみてしまう。口ばかりで、じくじたる思いだ。  ―政府は米国の核抑止力が不可欠という姿勢を変えません。
 どうして米国の核兵器で日本を守れるか。米国が日本のために核兵器を使うとは思えない。核抑止ではなく、交渉するしかない。一発で何万人も殺せる兵器を、何かあれば使うとよく言えたものだ。そうまでして守る国とは何なのか。戦争の犠牲になるのは僕らだよ。  ―被団協の将来をどう描いていますか。
 被団協は被爆者ではなく「被害者」の団体だ。被爆2、3世が中心になって引き継いでいくという提案をしている。90歳を超えいつどうなるか分からないが、死ぬまで関わりたい。 たなか・てるみ
 1932年旧満州(中国東北部)生まれ。長崎中1年の時に爆心地から3・2キロの自宅で被爆し、祖父たち親類5人を失った。東北大工学部助教授などを歴任。70年代から本格的に日本被団協の活動に加わり、85年に事務局長。いったん退いた後、2000年6月に2度目の事務局長に就いた。17年6月から代表委員。埼玉県新座市在住。(宮野史康) (2025年10月10日朝刊掲載)

年別アーカイブ