社説 パグウォッシュ会議 広島宣言 和平への礎に
25年11月6日
核兵器廃絶を目指す科学者たちの国際組織「パグウォッシュ会議」の世界大会はきのう、開催地にちなんだ「広島宣言」を発表して5日間の日程を終えた。
被爆80年の節目に、「核兵器の非人道性」という揺るぎない真実を世界に突きつけてきた被爆地で、真摯(しんし)な討議を重ねた意義は大きい。
広島宣言では「核抑止政策では本当の平和は築けず、真の安全保障を提供しない」と断じた。現代の複雑な安全保障環境を解きほぐすのは核兵器ではなく、対話と平和的外交だと全ての保有国が肝に銘じるべきである。
会議は冷戦下で核戦争の脅威が高まる1955年、「人類を破滅に導く核開発から手を引こう」と科学界に呼びかけたラッセル・アインシュタイン宣言を機に始まった。国家の暴走を止められず、広島と長崎の悲劇を招いた科学者の深い自省が源流にある。
広島開催は20年ぶりだったが、この間の核軍縮は遅々として進んでいない。それどころか、近年はウクライナや中東で核の脅しが幅を利かせている。核兵器を二度と使ってはならないという「核のタブー」が、「明白な核威嚇の脅威にさらされている」と広島宣言に盛り込まれたのも危機感の表れに違いない。
生成人工知能(AI)や宇宙開発といった最新科学の兵器転用をどう防ぐかも重要なテーマとなった。いずれも核兵器と結びつけば破壊力は計り知れない。「指導者を導く特別な責任を負っている」と自負する科学者の理性と行動力が問われる分野だろう。
停戦合意後もイスラエルが攻撃を続けるパレスチナ自治区ガザを巡っては、双方の研究者や元政治家たちが意見を交わした。宗教や立場の違いを超えた対話は、恒久的な和平への礎になるはずだ。自国の指導者や国民に粘り強く働きかけてもらいたい。
その意味では、広島宣言の中でガザやウクライナといった具体的な紛争地への言及を避けたのは物足りない。多くの要素を総花的に盛り込んだのだろうが、覆い隠された課題もあるのではないか。
そもそもラッセル・アインシュタイン宣言は核兵器にとどまらず、「戦争そのものの廃絶」をうたう。人類の滅亡か、戦争の放棄かの二者択一を問うた。現代の紛争でも、相応の熱意を持って一刻も早い和平を迫る必要がある。
討議ではトランプ米大統領への批判も相次いだ。イラン核施設への攻撃や核実験指示など軽率な言動が目立つ。核問題への無理解が原因だろう。科学的根拠と被害の甚大さを説き続けるしかない。
加えてトランプ氏は意に沿わぬ大学など研究機関への圧力も問題視される。日本でも学術会議に政府の関与が強まり、軍事研究が進むことへの懸念が討議で指摘された。科学者の独立性が問われよう。
来年は核兵器禁止条約や核拡散防止条約(NPT)の両再検討会議が控え、核軍縮への重要な局面を迎える。厳しい道のりだが、科学者は結束し、粘り強く非核、非戦の実現に取り組んでもらいたい。
(2025年11月6日朝刊掲載)
被爆80年の節目に、「核兵器の非人道性」という揺るぎない真実を世界に突きつけてきた被爆地で、真摯(しんし)な討議を重ねた意義は大きい。
広島宣言では「核抑止政策では本当の平和は築けず、真の安全保障を提供しない」と断じた。現代の複雑な安全保障環境を解きほぐすのは核兵器ではなく、対話と平和的外交だと全ての保有国が肝に銘じるべきである。
会議は冷戦下で核戦争の脅威が高まる1955年、「人類を破滅に導く核開発から手を引こう」と科学界に呼びかけたラッセル・アインシュタイン宣言を機に始まった。国家の暴走を止められず、広島と長崎の悲劇を招いた科学者の深い自省が源流にある。
広島開催は20年ぶりだったが、この間の核軍縮は遅々として進んでいない。それどころか、近年はウクライナや中東で核の脅しが幅を利かせている。核兵器を二度と使ってはならないという「核のタブー」が、「明白な核威嚇の脅威にさらされている」と広島宣言に盛り込まれたのも危機感の表れに違いない。
生成人工知能(AI)や宇宙開発といった最新科学の兵器転用をどう防ぐかも重要なテーマとなった。いずれも核兵器と結びつけば破壊力は計り知れない。「指導者を導く特別な責任を負っている」と自負する科学者の理性と行動力が問われる分野だろう。
停戦合意後もイスラエルが攻撃を続けるパレスチナ自治区ガザを巡っては、双方の研究者や元政治家たちが意見を交わした。宗教や立場の違いを超えた対話は、恒久的な和平への礎になるはずだ。自国の指導者や国民に粘り強く働きかけてもらいたい。
その意味では、広島宣言の中でガザやウクライナといった具体的な紛争地への言及を避けたのは物足りない。多くの要素を総花的に盛り込んだのだろうが、覆い隠された課題もあるのではないか。
そもそもラッセル・アインシュタイン宣言は核兵器にとどまらず、「戦争そのものの廃絶」をうたう。人類の滅亡か、戦争の放棄かの二者択一を問うた。現代の紛争でも、相応の熱意を持って一刻も早い和平を迫る必要がある。
討議ではトランプ米大統領への批判も相次いだ。イラン核施設への攻撃や核実験指示など軽率な言動が目立つ。核問題への無理解が原因だろう。科学的根拠と被害の甚大さを説き続けるしかない。
加えてトランプ氏は意に沿わぬ大学など研究機関への圧力も問題視される。日本でも学術会議に政府の関与が強まり、軍事研究が進むことへの懸念が討議で指摘された。科学者の独立性が問われよう。
来年は核兵器禁止条約や核拡散防止条約(NPT)の両再検討会議が控え、核軍縮への重要な局面を迎える。厳しい道のりだが、科学者は結束し、粘り強く非核、非戦の実現に取り組んでもらいたい。
(2025年11月6日朝刊掲載)








