[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「朝鮮人シベリア抑留」 金孝淳(キムヒョスン)著、渡辺直紀訳(東京外国語大学出版会)
25年11月17日
植民地主義が生んだ悲劇
1945年8月、ソ連の武装解除に応じたおよそ60万人もの旧日本軍兵士らが連行され、長期にわたり強制労働させられた「シベリア抑留」。極寒、飢え、重労働の三重苦で、約1割が再び祖国の土を踏むことなく亡くなったとされる。日本では、先の戦争がもたらした悲劇の一つとして、広く記憶されていよう。
ただ「戦争被害」の記憶としてステレオタイプに語られ続けることで、私たちは何か見落としてはいないか。本書は静かに問いかけてくる。
題名通り、朝鮮人のシベリア抑留に迫った記録である。日本の統治下、「皇軍兵士」には多くの朝鮮半島出身者がいた。抑留された中にも相当数がいたはずだ。ところが全容はいまだ解明されず、日本社会も注意を払ってきたとは言い難い。
著者の暮らす韓国ではなおさらだ。抑留体験者の声は、反共宣伝の目的で刊行される記録物以外に残されることはなく、長く忘れられてきたという。
彼らは日本の帝国主義・植民地主義の被害者でありながら「加害兵士」でもあったという理不尽にさらされた。さらに南北分断、朝鮮戦争に巻き込まれ、米軍や韓国軍、朝鮮人民軍…と、さまざまな従軍経験を余儀なくされた。
ハンギョレ新聞(韓国)で主筆も務めた著者は、口を閉ざす韓国内の体験者や遺族に深く分け入り、小さな声に耳を澄ます。波乱の歩みをたどり、朝鮮人シベリア抑留の全体像を浮かび上がらせた。
原著の刊行は2009年。日本では翌年、抑留体験者らの運動が実り、議員立法のシベリア特措法が施行された。だが朝鮮半島出身者は適用外。
国家が始めた戦争で最も傷つくのは誰なのか。植民地主義は過去のものか。多くの気づきを与えてくれる一冊である。
これも!
①村山常雄著「シベリアに逝きし46300名を刻む ソ連抑留死亡者名簿をつくる」(七つ森書館)
②アンドリュー・バーシェイ著、富田武訳「神々は真っ先に逃げ帰った 棄民棄兵とシベリア抑留」(人文書院)
(2025年11月17日朝刊掲載)








