×

社説・コラム

コラム 視点 「米核政策 矛盾からの脱皮を」

■センター長 田城 明

「われわれの言う通りにしろ。でも、われわれと同じことをするな」

 米国の2大核兵器開発拠点、ロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)とローレンス・リバモア国立研究所(カリフォルニア州)を2006年秋に訪ねたおり、私はブッシュ政権と核体制派のこんな強い意志を感じた。両核施設は、互いに競うように「信頼性のある代替核弾頭(RRW)計画」を進めようとしていた。2012年から約30年をかけ、既存のすべての核弾頭を新しく造り替えようというのである。

 「新型核弾頭は扱いがより安全で、コストも安くつく」「万が一テロリストの手に渡っても爆発させにくい」「核実験を必要としない」…。州立ニューメキシコ大学であった公聴会で、ロスアラモス研究所のRRW担当責任者は、市民を前に熱っぽくこう説いた。

 核兵器や核物質の他国への拡散には目くじらを立てながら、自国の核政策には目をつぶる。こんなダブルスタンダード(二重基準)の核政策は、今や世界に通用しない。こうした米国の核政策が、ロシアや中国の核戦力強化に口実を与え、核拡散防止条約(NPT)未加盟のインドやパキスタン、イスラエルの核保有を容認し、北朝鮮やイランの核開発を誘発する要因にもなっているのである。

 反核運動に取り組むアメリカ市民や団体の間では、早くからその矛盾が指摘されてきた。公聴会に参加した市民からも、新型核製造計画に対して強い反対の声が上がった。「NPT第6条には、締約国は核兵器廃絶に向けて誠実に取り組むべきことが明記されている。新たな核兵器を造ることは、加盟国として条約に違反することだ」「核政策にしてもイラク戦争にしても、アメリカ人は国際社会から偽善者だとみなされている」

 核軍縮を主導することでアメリカ人としてのモラルを示し、世界の人々の信頼を取り戻したいと願う反核を訴える市民たち。だが、公聴会でも核製造に携わる科学者らと意見が対立し、平行線のままで終わったように、核政策の変更を実現するのは容易ではない。米国内でのより広範な世論の後押しが求められる。

 ところが、そんな後押しが意外な人たちの中から現れた。ヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツ両国務長官ら米政界の長老4氏が連名で、07年と08年の1月、ウォール・ストリート・ジャーナル紙を通じて「核兵器廃絶声明」を発表したのだ。かつては米ソ冷戦時代の「戦士」と目されたキッシンジャー氏らの発言だけに、議会などへの影響力も大きい。

 4人の1人、サム・ナン元上院議員は昨年3月の議会証言で「もし議会がRRW計画に青信号を与えるなら、同盟国によって誤解され、敵対国家によって利用され、核拡散と核使用の防止というわれわれの仕事を複雑なものにするだろう」と述べた。06年秋の中間選挙で上下両院とも民主党が過半数を占めたことや、反核市民団体の積極的なロビー活動などもあって、08年度(07年10月-08年9月)のRRW研究予算約9000万㌦(約94億5000万円)は下院議会で全面凍結された。しかし、ブッシュ政権はあきらめることなく、09年度も予算要求をしている。

 冷戦時代に核兵器の製造に直接かかわり、今は一線を退いた米国の科学者の中には、既存の核弾頭の信頼性は50年先でも損なわれない、と指摘する人たちもいる。それなのになぜ新しい核弾頭が必要なのか。

 背景には、核関連施設の既得権を守り、拡大するという狙いがある。新たな核兵器を造らないと研究所の存在意義が薄れ、政府予算も獲得できない。開発に伴って、軍事企業や政治家、官僚らにとってもうまみがある。長い歴史の中で培われた強固な核体制派の壁を打ち破り、核軍縮への歩みを確かなものにするには、新しく選ばれる大統領の強力なリーダーシップとそれを支える議会、市民の力、国際世論の後押しが欠かせない。

 「核廃絶は幻想にすぎない」と、一笑に付すアメリカ人は多い。しかし、自国だけが核開発や核保有を継続しながら、他国やテロリストへの核拡散をくい止めることができるのか。キッシンジャー氏らの声明は、こうした考え方こそ「幻想にすぎない」ということを物語っている。

年別アーカイブ