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社説・コラム

元米高官4人が核廃絶構想発表 現実性ある具体的提言に賛同の輪

■ヒロシマ平和メディアセンター事務局長 難波健治

 「主張は正しいけど、実現するはずはない」。世の中にはそう言いたくなるような現実がままある。「核兵器廃絶」もその1つ、と思っている人もいるのではないだろうか。ところが、である。ここにきて核廃絶に向けた「革命的な変化が起きている」(ダナパラ元国連事務次長)というのだ。その理由は、キッシンジャー元国務長官ら米政界の長老4人が昨年1月と今年1月、2度にわたって出した「核廃絶声明」にある。国際的な反響も大きく、2月にはノルウェーのオスロで声明の内容を実現するための会議も開かれた。今年は7月に北海道・洞爺湖で主要国(G8)サミットがあり、9月には広島でG8下院議長サミットもある。日本で開かれる二つの重要な国際会議を前に、核軍縮をめぐる最近の動向を検証した。

英露からも前向き評価

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナルで「核兵器のない世界」を2度にわたって呼び掛けたのは、キッシンジャー氏のほか、シュルツ元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院軍事委員会委員長。キッシンジャー氏とシュルツ氏は共和党、ペリー氏とナン氏は民主党。いずれも、米国の核兵器政策に責任を負ってきた有力者だ。4人は連名で核拡散の防止と将来の核廃絶を訴えた。

 これまでの立場を考えると、核兵器の廃絶を訴えるはずがないであろう人たちから、その構想が具体的に発表されたのである。

 反響はすぐに表れた。まず旧ソ連共産党書記長で大統領も務めたゴルバチョフ氏。「核兵器は安全を保障する手段でないことがますます明白になりつつある」として「核拡散を解決できるのは核兵器の廃絶のみ。核兵器が存在し続ける限りわれわれは危険と隣り合わせだ」と同調した。英国のベケット外相(当時)も国際会議のスピーチで核廃絶の信念を強調し、自国の核兵器廃絶の可能性を明言した。

 米国では多くの重鎮が賛同を寄せた。オルブライト元国務長官、ベーカー元国務長官、ブレジンスキー元大統領補佐官、クリストファー元国務長官、パウエル前国務長官といった人たちである。

 4人の声明はなぜここまで人々の注目を集めたか。起草者の顔ぶれの華やかさのほかに、提言の具体性があげられる。核廃絶のためには指導者の「政治的意思」が決定的に重要だと強調しているのも説得力を感じさせるのではないだろうか。

冷戦下の政策 時代遅れ

 昨年の声明は、「核抑止」の考えが米ソ冷戦の終了で時代遅れになったことを指摘。現在は非国家のテロリスト集団が核兵器を手にする可能性が増大しており、イランや北朝鮮を念頭に核兵器保有国が増える危険性さえあることをあげて、核政策の見直しを主張した。

 核テロと核拡散。この2つの危険を防ぐため、米国がイニシアチブをとる必要がある。核兵器をなくし、核分裂性物質をしっかり管理すれば、その不安は解消する、というのが声明の結論だ。

 そのために、米国が核保有国の指導者たちに核兵器廃絶を共同の事業にするよう働きかけること。そして当面合意すべき緊急措置として(1)冷戦態勢の核兵器配備を変え、警告の時間を増やすことによって核兵器が偶発的に使用されたり、無許可で使用されたりする危険性を減らす(2)全ての核保有国が核戦力の実質的な削減を継続的に行う(3)前線配備のために設計した短距離核兵器を全廃する(4)包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を達成するため、上院で超党派的な活動を始める、など8項目を掲げた。

 今年1月のアピールでは、世界の核弾頭の95%を占める米国とロシアが主にとるべき行動と、その他の国々がとるべき行動について、さらに具体的な提案を行った。

 平和・核問題情報を系統的に収集し調査研究している市民団体「ピースデポ」の梅林宏道前代表は、今年のアピールを次のように分析する。

 「より保守的で現実的な一歩を、まず米ロに要求しているのが特徴だ。北大西洋条約機構(NATO)6カ国の七基地に配備している核爆弾について撤去ではなく統合を勧告した。配備基地の数を減らせということだ。抜本策でもないし、ロシアは納得しないだろう。しかし、NATO内部で起こりつつある核政策の見直し議論を後押しする効果に注目したい」

 CTBTに対する提言も、ブッシュ政権と議会の保守勢力を説得することに焦点を絞っている。「CTBTの検証システムが信頼できること、地下核実験の再開なしでも米国の核兵器の有効性が維持できることについて超党派で調査し合意形成を目指すよう意図したものだ」とみる。「これらは、核兵器延命のための提言と紙一重。だからこそ、この提言が核兵器廃絶に向けてのものだということを繰り返し明らかにしておく必要がある」

核軍縮 高まる機運

 多国間の核軍縮の歩みは、40年前(1968年)の核拡散防止条約(NPT)署名開始(発効は70年)から始まった。国際社会が共通して描く核兵器廃絶のシナリオも、NPT体制を核軍縮と核不拡散の両面で強化しながら、世界のほとんどの国を占める条約加盟国が核兵器全廃交渉を促進していく筋書きだと言っていい。その最終目標は、生物・化学兵器と同じように核兵器禁止条約を実現することである。

 この道筋に沿って、世界は少しずつ前進してきた。96年、ジュネーブにある国際司法裁判所は、NPTで定めた「義務」は核兵器の撤廃に向けて誠実に交渉する義務だけではなく、交渉を完結させる義務も含むとの判断を示した。これを受けて98年にはスウェーデン、メキシコなど非核保有7カ国が新アジェンダ連合を結成、その強いリーダーシップのもとで2000年のNPT再検討会議では、核保有国が保有する核兵器の完全廃棄を達成するという「明確な約束」を最終文書に盛り込んだ。

 05年のNPT再検討会議は米国の抵抗もあってこの確認を前進させることには失敗したが、5年ごとにある再検討会議を2年後に控え、「明確な約束」の次に来るべきステップとして注目すべき提案が続いている。

被害伝える場 サミット好機

 キッシンジャー氏ら4人の声明を受け、この2月にオスロで開いた「核兵器のない世界のビジョンを達成する」国際会議は、核廃絶に向けてさらに前進するために「5つの原理」をまとめた。そこでは、政治トップの関与と指導力の必要性があらためて強調されている。と同時に、元高官たちの2度目のアピールが米ロの交渉に照準を合わせていたのに対し、NPT再検討会議をはじめとする多国間会議の積み重ねを重視する方向性を明確に打ち出した。

 元高官4人の構想は米大統領選にも影響を及ぼし始めている。これまで核兵器政策に触れてこなかった共和党のマケイン上院議員が3月末、「世界中の核兵器を削減する作業を、われわれ自身から始めるべきだ」と語ったのは象徴的だ。

 日本はどうするのか。日本が議長国をつとめる洞爺湖サミットは、核の「拡散」問題をテーマの1つにはしているが、核廃絶問題を正面から取り上げようとはしていない。議長国として核廃絶の具体的な提唱をしたり、被爆者の代表を招くなど、原爆被害の実態を伝える場をつくってはどうか。被爆地広島・長崎も、核軍縮の流れをさらに加速させるよう、この機会を大いに活用したい。

核兵器の廃絶を目標に掲げた最近の主な提案
◇大量破壊兵器委員会報告書「恐怖の兵器―世界を核・生物・化学兵器から解放する」(2006年6月1日)
 14人の専門委員の詳細な考察に基づき、大量破壊兵器の廃絶のために全60項目の提言をした。うち30項目が核兵器に関する勧告で「核兵器の非合法化を目指す」と明記。(1)現存する核兵器(2)核兵器拡散(3)核兵器とテロ、の三つの課題を掲げ、具体的で現実的な提案をしている。委員長は、元国連イラク査察団の委員長を務めたハンス・ブリクス氏。「ブリクス(委員会)報告」とも呼ぶ。 ◇国連事務総長を引退するにあたって行ったコフィ・アナン氏の核兵器に関する演説(2006年11月28日、米プリンストン大学で)
 核兵器に関する包括的なスピーチで、核軍縮と核不拡散の取り組みを早める必要があると強調した。また、核兵器保有国に対し、2000年のNPT再検討会議で「明確な約束」をした核兵器完全廃棄を履行するために具体的なタイムテーブルを伴った実行計画を立案するよう提案した。

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