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社説・コラム

コラム 視点 「核攻撃に防御策なし」

■センター長 田城 明

 国民保護法(2004年)に基づいて翌年に作成された国の基本指針には、あらゆる有事に備えるとして、核兵器による攻撃まで含まれている。

 ところが、指針を出すために必要であろう基礎的な被害想定もなければ、被害結果に基づく対応策も示されていない。避難に当たっては「風下を避け、手袋、帽子、雨ガッパ等によって放射性降下物による外部被ばくを抑制するほか、口及び鼻を汚染されていないタオル等で保護することや汚染された疑いのある水や食物の摂取を避ける」とある程度だ。

 これでは広島への「新型爆彈(ばくだん)攻撃」3日後に、新聞紙上で伝えられた対応策とさして変わらない。いわく「防空服装は出来るだけ厚着をすること、皮膚の露出面は悉(ことごと)く塞(ふさ)ぐことにしたい、防空巾(きん)、マスクも出来るだけつけ手袋をはめていつでも活動出来るやうな服装が肝要(かんよう)である」(1945年8月9日付、中国新聞)

 代行印刷された新聞が発行されたその日、長崎にも原爆が投下された。戦時における国の徹底した情報統制下にあったとはいえ、一面焦土と化し、数え切れない死体が残る惨状の中で、こうした情報を掲載した事実に、私はりつぜんとする。同時に本紙を含め日本の新聞が戦時中に果たした役割に、1人の記者として深い反省の念を禁じ得ない。

 ヒロシマ・ナガサキの悲劇から半世紀以上がたって、日本の政治指導者や基本指針を作った役人らは何を学んだのか。指針から読み取れるのは「核戦争は生き延びることができる」との虚妄を国民に与えるだけである。「被爆国」としての自覚があるなら、広島・長崎の被害の実態をこそ国民に、世界の人々に伝え、核兵器の廃絶こそが唯一「国民を守る」指針であることを力説すべきである。

 核攻撃に対する国の指針は、原子力発電所などでの放射能漏れ事故の避難の際に、せいぜい応用できる程度のものにすぎない。

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