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社説・コラム

広島市など策定の「国民保護計画」 無意味な核防衛の想定 被爆した物理学者「3秒ですべて終わる」

■記者 桑島美帆


 「閃光(せんこう)や火球が発生した場合には、失明するおそれがあるので見ないでください」「とっさに遮蔽(しゃへい)物の陰に身を隠しましょう。地下施設やコンクリート建物であればより安全です」。これは、内閣官房の国民保護ポータルサイトに載っている「核攻撃から生き残る方法」だ。雨ガッパのような上着を頭からかぶり、ハンカチで口を押さえて逃げる男性のイラストまで描かれている。被爆の実相を熟知しているはずの日本が、なぜこんなものを「手本」としているのだろう。先月末、広島市が国民保護計画を策定したのを機に、背景を探った。

 米国の民間防衛や災害時の救助活動などを担当している連邦緊急事態管理局(FEMA)。同局のサイトのトップ画面から「Nuclear Blast(核爆発)」を検索すると、「核爆発の間にあなたがすべきこと」という項目にたどり着く。

 〝Do not look at the flash or fireball-it can blind you...〟

 日本政府の国民保護ポータルサイトの避難マニュアルと、うり二つの英文が並び、内閣官房がここから引用したことは容易に察しがつく。

 そこには、一瞬のうちに熱線で体が焼き尽くされることも、爆風で街が破壊されることも触れられていない。放射線を浴びた被爆者の苦しみは、その後何十年も続く、ということも。

 その理由を問うと、国の担当者はあっさりこう述べた。「計画は爆心地付近の人たちを対象にしていない。周辺部にいる人たちの避難誘導や、放射性降下物などによる二次被害を防ぐことを目的としている」

 2001年の9・11米中枢同時テロをきっかけにしたブッシュ政権の先制攻撃ドクトリンの下、小泉内閣は有事法制関連法を次々に成立させた。その一環で04年6月、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」(国民保護法)が誕生。全国の市町村に、武力攻撃やテロなど有事の際の住民の避難方法をまとめた「国民保護計画」の策定が義務づけられた。

 「日本が核攻撃を受けないとは言いきれない」として核攻撃も想定。3発目の核兵器が日本に落とされたら、住民の「避難」と「救援」、そして「武力攻撃に伴う被害の最小化」の3本柱が、市町村の責任となる。

 これに伴い、冒頭に紹介した「手本」は、「国民にわかりやすく避難方法を伝えるために作った」(内閣官房)というのだ。

 広島市立大広島平和研究所の高橋博子助教(39)は「ヒロシマ・ナガサキの体験を無視した国民保護計画は、放射線の影響をことごとく無視している。原爆被害を最小評価した米国の民間防衛策とまったく同じだ」と指摘。国が「参考にした」というFEMAのマニュアル自体、「冷戦期にソ連への恐怖をあおる手段として唱えられ、核兵器開発を正当化するために生まれた」とみている。

 「核兵器が爆発したら3秒ですべてが終わる。行政にやれることなど何もない」。政府の「手本」に対し、そう反論するのは、被爆者で核物理学者の葉佐井博巳さん(76)=広島市佐伯区=だ。

 広島市が国民保護計画の策定にあたり独自に設置した「核兵器攻撃被害想定専門部会」の会長として「今、広島市に核兵器が落ちたらどうなるか」を調査。医師ら他のメンバーとともに1年がかりで約150ページの核兵器被害想定報告書をまとめた。

 広島市中区の原爆ドーム付近に、現存する最大クラスの水素爆弾(1メガトン)が落とされた場合は「控えめに見積もっても37万2000人が急性期に死亡。負傷者は46万人」と推定。「核兵器廃絶しか、『国民保護』の道はない」と結論づけた。

 「こんなばかげた話があるか。国は核兵器を軽くみている」。長崎原爆被災者協議会事務局長の山田拓民さん(76)は「漫画のようなイラストを目にしたとたん、怒りがこみ上げてきた」と話す。

 爆心地からわずか900メートルの所に家があった山田さんは被爆直後、母も姉も弟も赤ん坊も無事だった。しかし3日後、赤ん坊が息を引き取り、翌朝姉が亡くなった。母と弟も歯茎から血を流して8月下旬に死亡。そして、爆心地から1.3キロの勤め先に出ていた父親は16年後の夏、肺がんでこの世を去った。

 「もう一度あれが起こったら終わりだ。『最後の被爆地長崎』の訴えを消してはならない」。ビラ配りやシンポジウムの開催…。山田さんは、市内の被爆者5団体と連携し、長崎市に働きかけた。同市は、国民保護計画の素案から核攻撃の項目をはずした。

 被爆国日本の役割は、核攻撃を想定した意味の無い避難態勢づくりを市町村に押しつけることではない。核保有国に対して「核兵器を捨てろ」と言い続けることである。

 今回広島市がまとめた核兵器攻撃の被害想定報告書も、骨子を市の国民保護計画に盛り込むだけでなく、「体験に基づいた核攻撃の教科書」として各国の言語に翻訳し、内外に広める努力をしてはどうか。

国民保護計画

 消防庁によると2月1日現在、全国1818市町村の策定率は97.5%。長崎市など44市町村が策定していない。

 米軍基地を抱える沖縄県では、18市町村が策定に至っておらず、なかでも沖縄、石垣、宜野湾の3市と読谷村は「有事を想定すること自体、受け入れられない。国は基地削減などに取り組むべきだ」として策定作業を拒否している。

 核攻撃を被害想定項目から削除した長崎市はいったん計画をまとめたが、県との間で協議が進んでいない。

 広島市は、科学データなどを用いて核攻撃があった場合の被害想定をまとめた。その要約を盛り込んだ計画を先月26日に策定した。

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