×

社説・コラム

米大統領選に見る核問題 マーティン・シャーウィン教授(歴史学)に聞く

■ヒロシマ平和メディアセンター長 田城 明

 核問題に詳しい著名な米国の歴史学者で、広島原爆資料館の展示の在り方にもかかわったマーティン・シャーウィン氏に、米大統領選で核問題がどのように扱われているかなどについて国際電話で聞いた。シャーウィン氏は、民主党のオバマ上院議員が次期大統領に選ばれれば「核兵器廃絶に向けた何らかの真の前進は可能である」と強調した。

―今回の大統領戦で、有権者にとって何が重要な議題になっていますか。

 従来と同じ通常の関心と、2008年の独自の関心がある。「通常」のカテゴリーには経済問題や「文化的戦争」ともいうべき戦いがある。つまり、妊娠中絶とか同性結婚などだ。もしも冷戦が今なおホットな状況であれば、私は安全保障問題も「通常」の関心の中に加えただろう。しかし、米国によるイラク侵攻以来、安全保障問題はイラク情勢やテロとの戦いという形で際だっている。この問題がどのような影響を及ぼすかは、現時点ではだれにとっても推測の域を出ない。明白なことは、共和党の候補者は2004年の大統領選でブッシュ大統領がやったように、民主党のどの候補の立場に対しても反対の立場を取ろうとするだろう。

 2008年の特別な問題といえば、民主党の候補がヒラリー・クリントン上院議員になるかオバマ上院議員になるかによって、ジェンダーあるいは人種問題が浮上してくることだ。環境も問題となるかもしれないが、アル・ゴア前副大統領のよい働きによって、一番だめな共和党候補でさえ環境問題に反対する者はいないのではないか。また、民主党候補は医療保険問題を全面に打ち出してくるだろう。

―核問題や核軍縮といったテーマは、候補者や有権者の間で取り上げられていますか。

 このテーマが選挙にどのようなインパクトを与えるかという意味においては、だれも答えは分からないと思う。一般のアメリカ人は、核兵器が50年以上にわたってこの国の平和を守ってきたと信じることに洗脳されてきたし、それを放棄するのは危険なことだと考えている。

 だが、もしオバマ氏が民主党の大統領候補として選ばれるならば、この問題を取り上げるだろう。彼を支持している人たちが核問題を争点にするよう要求するだろうからだ。しかし、それはオバマ氏にとって危険なイニシアチブでもある。なぜなら、共和党候補や支持者らが「オバマ氏は反核の立場を取っており、米国の安全保障に対してナイーブで、ふさわしくない証明だ」との強い非難を浴びせるからだ。

―大統領候補の核政策に関して、これまでの大統領選とは違った何らかの意義ある変化がみられますか。

 ほとんどの候補者たちは「核兵器の価値」というアメリカにあるコンセンサスにチャレンジすることを恐れている。クリントン大統領時代の一つの大きな失望は、ソ連崩壊後に核兵器廃絶を推進することに失敗したことだ。論理的に考えれば、冷戦時代と冷戦後では核兵器についての見方や価値に本当の違いがあるべきだろう。だが、その違いはごくわずかだ。

 一方、あなたもご存じの通り、2007年1月4日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙で、シュルツ、キッシンジャー両元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院軍事委員長の4人が連名で核兵器の廃絶を呼びかけた。この一文は新しいコンセンサスの可能性を示唆している。そしてもし彼らがその立場を堅持し、オバマ氏が大統領に選出されれば、核兵器廃絶に向けた何らかの真の前進は可能である。

―今回の大統領選において、候補者たちは核兵器や核軍縮についてどのような見解を示していますか。また、彼らの見解ついてのあなたの印象は?

 この問題では、オバマ氏が一歩前をいっている。そして他の民主党の有力候補者は彼を批判している。私の見方は、オバマ氏は核兵器が米国に優位な立場を与えるよりも、一層脅威を与えていると信じている。そしてもし政治情勢が許すなら、彼は地球規模での核兵器廃絶に向けての努力を喜んで主導するだろう。

―民主党のデニス・クシニッチ下院議員はいかがですか。彼は明確に核軍縮政策の推進を打ち出していますね。

 その通りだ。しかし、彼は主要な候補としては扱われていない。

―新しい大統領が選ばれることで、核政策にどのような変化が起きる可能性がありますか。核軍縮を促進する強い動きが起きるような政策変化がみられるでしょうか。

 もしオバマ氏が選出されて、あらゆる状況ががうまく整えば、イエスだ。

―大統領候補やアメリカの公衆にとって、イラク戦争、あるいは「テロとの戦争」は核問題とどのようにつながっていますか。

 米国では現存するどのような脅威も核兵器廃絶の妨げとして働く。が、これはおかしな考え方だ。というのも、核兵器の危険や、兵器級の核物質がテロリストの手に渡ること自体がこの国にとって大きな脅威だからだ。ところが、先に述べたように、アメリカ人は核兵器が何らかの形で自分たちを守ってくれていると信じるように洗脳されているから、その矛盾に気づかない。

―広島市は米大統領選に合わせて全米101都市での開催を目指して、原爆展を順次開いています。アメリカ市民の間に核問題への関心を高めてもらい、選挙戦の争点にしたいとの考えからです。広島や世界の人々はこうした取り組みのほかに、アメリカの指導者たちや市民に核兵器の脅威をより強く感じてもらうために、どのような方法が考えられますか。

 アメリカ人は確信を与えられねばならない。つまり、核兵器の持つ価値はわれわれを守る安全保障にとって、今や有効ではないという確信だ。しかし、これは環境を守るためにわれわれの生活様式を変えなければならないと確信させる以上に、より困難な挑戦である。環境運動には、例えば氷河の溶解や大気汚染などのように、科学的な証明であるとか、目に見えて結果が表れるという優位性がある。

 核兵器が彼らを守るために貢献していると信じている人々に、核兵器は彼らの脅威でしかないことをいかに確信させるか。恐らく、核兵器が「最も不都合な真実」であることを指摘することが、一つの戦略であるだろう。もう一つは日本やフランス、英国、ドイツなどの市民が、核拡散防止条約(NPT)が命じている核兵器廃絶を積極的にサポートするように、それぞれの政府を説得することだ。核問題をすべての人々にとっての重要な政治課題として常に維持し続けることが鍵を握っている。

―ヒロシマ平和メディアセンターはどのような点に焦点を当てて、被爆地広島からのメッセージを発していくべきですか。

 私は経験に基づいて常に話しかけるのがベストだと信じている。そして広島と長崎が唯一核戦争を体験した都市である。それ故に、あなたたちのメッセージの根底には、その経験を世界に伝えるというものでなければならない。また、その経験故にこそ、広島は世界中の人々を集めて核兵器をいかに削減し、廃絶を実現させるかについて議論し、地球規模で反核意識を高めるためのイベントを組織化する役割を担っている。目標は核問題を常に最新の課題として人々の意識にとどめ、前向きに将来を考える政府が核兵器廃絶の道を採用できるような現実的な提案をすることで評価を得ていくことだ。


マーティン・シャーウィン氏
1937年、ニューヨーク市生まれ。タフツ大教授(歴史学)を経て、2007年からバージニア州のジョージ・メイスン大教授。共著書「オッペンハイマー 『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」で06年度のピュリツァー賞受賞。ワシントンDC在住。

年別アーカイブ