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社説・コラム

コラム 視点 「重要なNGOと議員の連携」

■センター長 田城 明

クラスター爆弾禁止法(2006年)や劣化ウラン兵器禁止法(07年)を他国に先駆けて成立させ、世界の軍縮・平和への取り組みに積極的なベルギー。人口1000万人余、面積は日本の約12分の1と九州より狭いが、その影響は決して小さくない。

  「1995年の対人地雷を含め非人道兵器に対する禁止法が成立する背景には、国民の戦争体験や、非政府組織(NGO)と国会議員の緊密な連携がある」。過日、広島市内のホテルで会ったベルギー国会議員のディルク・バン・デル・メーレンさん(55)は、こう説明した。

 欧州の中心に位置するベルギーは、第1次、第2次世界大戦中、ドイツやフランスなど周辺国の戦場となった。特に第1次大戦では、フランス国境に近い西部のイーペル市がドイツ軍と連合軍の最前線となり、何十万人もの犠牲者を出した。1915年、ドイツ軍が人類史上初めて化学兵器を使用したのもこの戦場である。

 「第1次大戦後、悲惨な体験の中から化学兵器禁止を求める世論がベルギー国民の間で高まったのは自然な成り行き。世論の後押しを受けて政府は、国際条約(1925年のジュネーブ議定書)の草案づくり、締結に重要な役割を果たした」とバン・デル・メーレンさん。

 1933年には、ベルギー国内における兵器の製造・保有・売買を厳しく規制する法律が成立。この法律(2006年には経済投資も規制する内容に修正)が、劣化ウラン兵器などの非人道兵器を禁止する法的根拠を与えているという。

 バン・デル・メーレンさんは、NGOのメンバーと協力して劣化ウラン兵器禁止法の法案をまとめ、2006年に国会に提案。法案に賛成の国会議員は党派を超えて結集し、NGOのメンバーは国会議員らにロビー活動を繰り返した。「劣化ウラン兵器禁止法案に反対する議員や、北大西洋条約機構(NATO)加盟国として、アメリカに配慮する政府の立場をいかに説得するか。そのための戦略を練ることを含め、議員とNGOが知恵を出し合って協力した」

 こう話すバン・デル・メーレンさんらの次の課題は、各国政府やNGOと協力して、国内法を国際条約にまで広げることである。

 国際的な反核議員団体「核軍縮・核不拡散議員連盟」(PNND)のメンバーでもある。そんな彼の目から見ると、軍縮・平和を求める日本のNGOと議員とのつながりは「まだまだ弱い」と映る。「広島・長崎両市が呼び掛けた平和市長会議への参加都市は、ベルギー国内で300都市を超える。これも反核・平和を求める市民やNGOの自治体への活発な働きかけがあるから」とバン・デル・メーレンさんは強調する。平和市長会議の欧州事務局が、イーペルにあるのもうなずける。

 日本にも数多くのNGOが存在する。しかし、国と地方を問わず、政策決定者である議員へのアプローチが不十分である。バン・デル・メーレンさんは89年に国会議員に選出されるまでは、草の根の平和・人権活動家だった。現在はフレミッシュ社会党の副議長の要職にあるが、軍縮・平和、人権、環境などの問題では、NGOとの連携が欠かせないという。  「民主主義社会は、多くの市民の政治への参加があって成立する。住みよい平和な地域を、国を、世界を築くために何をすべきか。自立した市民、NGOが議員ともっと協力して政策に反映すべきだ」

 バン・デル・メーレンさんの体験に根差した話には、私たち日本人が学ぶべき点も多いと感じた。

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