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社説・コラム

宇宙基本法成立 軍事利用 拡大の懸念

■ヒロシマ平和メディアセンター事務局長 難波健治

 宇宙の軍事利用に道を開く宇宙基本法が今国会で成立した。提案から採決まで、かかった日数は13日間、実質的な審議時間は衆参それぞれ2時間ずつの超スピード可決だった。しかし、あっさりと誕生した経過とは裏腹に、その内容はわが国の宇宙開発の性格を一変させるものだ。被爆者や研究者の間にも、行方を危ぶむ声が少なくない。

 宇宙基本法は、日本の宇宙開発の方向性を示す初めての法律だ。昨年6月に与党の自民、公明両党が議員立法で法案を提出し、その後、民主党との調整を経て、今国会であらためて3党が共同提案し、成立させた。  衆議院は1969年、宇宙利用は「平和の目的に限る」とした決議を全会一致で採択している。そして政府はこれまで、「平和目的」とは「非軍事」であると説明してきた。

「平和」から転換

 「防衛目的」の衛星打ち上げは禁止され、98年の北朝鮮によるテポドン発射を機に導入された情報収集衛星の能力は民間衛星と同水準にとどめられた。ミサイル発射を探知する早期警戒衛星の開発も封じられてきた。  宇宙基本法はこうした従来の制約を撤廃するため、宇宙開発の目的に「安全保障」を盛り込んだ。「平和利用(非軍事)」から「防衛利用(非侵略)」への大転換である。

 その背景には、北朝鮮の核・ミサイル脅威のほか、米国が日本と協力して進めるミサイル防衛(MD)も絡んでいる。防衛分野の需要拡大で宇宙産業を振興させたい思惑も働いているようだ。  「研究開発要素のない実用衛星は国際入札で調達する」とする90年の日米合意で国内の航空宇宙産業は大きな打撃を受けた。文部科学省が中心の現在の宇宙開発体制では、産業化につながりにくいとの指摘が経団連からもなされている。

専用衛星を提言

 基本法制定で何がどう変わるのだろうか。石破茂現防衛相を座長に、自民党国防族や防衛庁幹部、航空宇宙産業各社の幹部らでつくる「日本の安全保障に関する宇宙利用を考える会」が2006年8月に出した「わが国の防衛宇宙ビジョン」という報告書がある。

 ミサイル防衛における宇宙利用の必要性について「ミサイル発射点が遠距離になるほど自律的宇宙インフラを利用しないとミサイル発射探知時間の短縮や追尾監視が困難になる」とし、早期警戒衛星と宇宙追尾監視衛星が必要と提言。また海外に派遣した自衛隊と通信網を「即時開通・利用」するには「防衛専用通信衛星の保有が不可欠」と強調している。基本法制定を推進してきた「考える会」のこれら提言は、法が目指すものを示していると言っていい。

情報の管理進む恐れも

 宇宙開発の透明性に対する懸念もある。現在の情報収集衛星でさえ、情報はほとんど公開されていない。基本法には「情報の適切な管理のために必要な施策を講ずる」とある。宇宙開発利用に関する情報を管理するために法的な措置をとるとなれば、研究者に与える影響も大きい。

 国立天文台の石附澄夫助教(43)は「防衛技術の流出を理由に、自由な研究や発表などが制約されるのではないか」と指摘。「宇宙関連の科学者、技術者の中にはキャリアをつなぐため、軍事に携わらなければならない人もこれからは出てくるはずだ」と危ぶむ。

 衛星の打ち上げには巨費が伴うが、軍事が利用の柱になることで、透明性がいっそう失われる可能性が高い。財政難の中で防衛分野が優先されれば、平和利用が割を食うことにもなる。

 「気がついたときには遅かった、という歴史は二度と繰り返したくない」と広島県被団協の金子一士理事長(82)は不安を口にする。だが、大方の国民が知らない間に、平和利用から軍事利用への大転換が行われたというのが、宇宙基本法制定の現実である。

健全な開発で実力を
総合研究大学院大学教授(宇宙物理学) 池内了さん(63)
 日本という国は、憲法9条の下で平和を希求するという側面が高く評価され、国際的な信用を得てきた。しかし、それをかなぐり捨てようというのが昨今の動きで、宇宙の軍事利用もその一つだ。

 宇宙基本法の成立は軍需産業の強化に結びついていくだろう。今は「非侵略」と言っているが、その看板はいつの間にか外され、自衛の名の下で軍事化路線につながっていくに違いない。警察予備隊から出発した自衛隊が、海外派兵へと踏み出していったのと同じ轍(てつ)を踏みかねない。

 宇宙はこれまで巨大なロケットが開発されたことにより、ミサイルや軍事衛星が飛び交う空間となる一方、科学衛星によって数々の宇宙の秘密が暴き出され人々の宇宙へのロマンをかき立ててきた。

 そんな技術の二面性の中で日本は、1969年に「宇宙利用は平和目的に限る」との国会決議を衆議院でし、参議院で「自主・民主・公開・国際協力の下にこれを行う」と付帯決議をした。

 宇宙に軍事は似合わない。せめて日本だけでも宇宙の平和利用に徹し、人々に夢を送り続けてほしい。そのためには、自主・民主・公開の原則を基にした健全な宇宙開発を続けることだ。宇宙産業もその方が真の実力を獲得できるだろう。

「非侵略」定義あいまい
日本被団協代表委員 坪井直さん(83)
 宇宙基本法が制定されるまでのいきさつをたどると、日本の憲法9条と自衛隊の関係がダブって見えてくる。

 根本問題は、「安全保障」のためなら軍事利用を許す、という発想だ。基本法は、平和利用に限ると明確に宣言した39年前の国会決議の解釈を、従来の「非軍事」でなく「非侵略」に変更したのだと言う。しかし、「自衛」と言っても、どこまでが自衛でどこからが侵略なのか実際には分かりにくい。しかも、地上でなく宇宙での話である。

 平和利用に限って純粋に研究開発してきたものを軍事に利用し産業界が後押しする、という図式は気になる。

 私は被爆者として核兵器に断固反対してきたが、戦争そのものに強く反対だ。私の頭の中には「戦争」という文字がこびりついていて、何とか戦争をなくせないか、といつも考えている。なのに政治の世界は、いつも戦争を前提にものを考えているように見える。

 基本法を作るのなら国会決議に沿った内容にしてほしかった。

1969年 「平和利用」の国会決議
◎わが国における宇宙の開発及び利用の基本に関する決議(1969年5月9日衆議院本会議)
 わが国における地球上の大気圏の主要部分を超える宇宙に打ち上げられる物体及びその打ち上げ用ロケットの開発及び利用は、平和の目的に限り、学術の進歩、国民生活の向上及び人類社会の福祉をはかり、あわせて産業技術の発展に寄与するとともに、進んで国際協力に資するためこれを行うものとする。

2008年 成立の宇宙基本法(骨子)
○国際社会の平和と安全の確保とわが国の安全保障に資する宇宙開発利用の推進
○宇宙産業の技術力や国際競争力強化のために税制・金融上の措置を行う
○首相を本部長にした「宇宙開発戦略本部」を内閣に設置し、宇宙政策を推進する
○宇宙開発利用に関する情報の適切な管理のために必要な施策を講ずる
○内閣府に「宇宙局」を設置するなどの法整備、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のあり方の見直しなどを1年後をめどに進める

(2008年6月2日朝刊掲載)

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