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社説・コラム

コラム 視点 「宇宙の軍事利用と日本」

■センター長 田城 明

 「宇宙の軍事利用」と聞くと、私は反射的に米国の「水爆の父」として知られた物理学者のエドワード・テラー博士(1908-2003年)を思い浮かべる。博士は「スターウォーズ計画」とも呼ばれた戦略防衛構想(SDI)の提唱者であり、その必要性をめぐって議論を交わしたことがあるからだ。

 SDIは、レーガン政権下の1983年、新たな弾道ミサイル防衛システムとして政策に取り入れられた。粒子ビーム兵器やX線レーザー兵器などを宇宙に配備、旧ソ連の弾道ミサイルを宇宙空間や大気圏外で撃ち落とすのがそもそもの狙いだ。米国が地上配備している大陸間弾道ミサイル「ミニットマン3」の秒速は約6.6キロ。ほぼ同じ速さの敵のミサイルを迎撃しようというのである。しかし、莫大(ばくだい)な研究開発予算や技術的課題が支障となり、SDIはテラー博士の構想通りには進んでいなかった。

 その博士に、スタンフォード大学キャンパス内の自宅でインタビューしたのは、ソ連崩壊後の94年。私が博士に「今でもSDIを必要としているのか」と尋ねると、「もちろん」と即座に答えた。もはや消滅したソ連ではなく、核開発を進める北朝鮮やイランに対して必要だというのだ。核超大国の米国にとって、なぜ北朝鮮やイランが脅威なのか?いぶかる私に博士はさらに言った。「特に日本は、北朝鮮に対して米国以上に危険な位置にある。だから米国と協力してSDIを推進すべきだ」と。

 私は「SDIは金と資源の浪費ではないか。効果的な防衛にも役立たないのでは…」と疑問を呈した。すると博士は、研究開発費をもっと増やせば、効果的な防衛システムが可能だと強調した。

 今では、亡き博士の思惑通りになったというべきか、SDIは規模こそ縮小されたものの、ミサイル防衛(MD)という名で日本も研究開発に参加する。目的は「国家の安全保障のために」「防衛のために」という常套句(じょうとうく)が冠せられる。

 しかし、どれほど強固なミサイル防衛網を敷いても、決して100パーセントの安全は保障されない。武装テロリストらによる攻撃にも対処できない。軍事衛星を撃ち落とすミサイル実験に成功した中国も、四川大地震に対する「安全保障」はほとんど何もできていなかった。北朝鮮では食料も満足に得られず、飢えに苦しむ人たちが大勢いる。

 米南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」(05年)の被害は「人災だ」といわれるほど、米国の災害対策の遅れを示した。いまだに、数十万におよぶ被災者たちへの救済措置も十分に取られていない。イラク戦争などの戦費を含め1兆ドル(約105兆円)を超す軍事費が、医療や教育分野などを含め、民生予算を圧迫しているのだ。軍事増強によって、日常の「人間の安全保障」が後退しているのが現実である。

 ヒロシマ・ナガサキの教訓は「人類は自国の利益追求や紛争解決のために戦争をしてはならない時代に入った」ということであった。日本人は身をもってそのことを学んだはずだ。だが、その教訓は人類全体に共有されることなく、その後も軍拡競争と戦争を繰り返してきた。近隣諸国の軍事強化や日米軍事同盟の下で、日本も「現実」に引きずられ、教訓を見失ったかにみえる。宇宙の平和利用のみをうたってきた国会決議(1969年)をなげうち、軍事利用に踏み込んだ今回の「宇宙基本法」の成立もその一つだ。

 個人であれ国家であれ、私たちは相手の人権や生命を犯してはならないことを知っている。ところが「安全保障」や「国際問題」となると、道義心をどこかへ置き忘れてしまう。ヒロシマ・ナガサキの教訓こそ、日本の政治家たちは声を大にして世界に訴えるべきだろう。ところが、それを口にすると「ナイーブだ」「非現実的だ」と軽くみなす傾向が強い。戦後生まれの若手議員に多いのも気がかりである。

 ハンガリー生まれのテラー博士の根底にあるのは、徹底した人間不信であった。仮想敵国への疑念は、米国が宇宙を軍事的に支配してもなお膨らみ続けたことだろう。これで十分ということはないのだ。

 ヒロシマ・ナガサキの体験は、こうした考え方を否定し、暴力や憎しみに代わって、相手への思いやりや信頼を求めている。戦争を繰り返してきた人類の歴史からすれば、それは「コペルニクス的転換」ともいえる。いやが応でも、私たちの考え方を180度転換しなければならない状況を迎えているのだ。

 通信手段や交通手段の飛躍的な発展で、時間的にも空間的にも狭まった地球。私たちが暮らすその地球は今、温暖化などの環境問題から食料、衛生、人口、エネルギー問題まで、共通に解決しなければならない地球的課題を多く抱えている。これらの難問を目前に、冷戦的思考をこれ以上続けていては、地球の存続すら危うくなるだろう。

 宇宙基本法のように、審議もほとんどなされず、多くの政治家たちが「現実的」であるとして下した政策決定。その決定が将来、日本にとって取り返しがつかない状況を生み出さないよう、国民は監視の目を強める必要がある。

(2008年6月2日朝刊に要約掲載)

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