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社説・コラム

国際シンポジウム「広島からの核兵器廃絶提言-みんなの力で2010年NPT会議を動かそう」


核廃絶の道筋を語り合うパネリストたち

 「広島からの核兵器廃絶提言」をテーマにした国際シンポジウム(広島市立大広島平和研究所、中国新聞社主催)が2日、広島市中区の広島国際会議場であった。420人の聴衆を前に、元国連事務次長(軍縮担当)でパグウオッシュ会議会長のジャヤンタ・ダナパラ氏やピースボート共同代表の川崎哲氏ら国内外の識者5人がパネルディスカッション。核兵器をめぐる世界の現状を報告し、2年後に迫った核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けて、市民や都市が果たすべき役割の重要性について意見を交わした。広島や長崎で平和に関した取り組みをする若い世代の活動報告もあった。

≪基調講演 要旨≫

パグウオッシュ会議会長 ジャヤンタ・ダナパラ氏

 冷戦後、市民社会が大きな力を持った。情報技術の進展もあり、さまざまな国の人が互いに共感できるようになった。世界中の世論を集めれば核政策を変えることができる。

 私たちのパグウオッシュ会議は、広島・長崎を核兵器の恐るべき破壊の象徴ととらえている。冷戦が終わり、核戦争の脅威は大きくないように見えるが、今ほど安全保障に課題がある時代はない。昨年の世界の軍事費支出は1兆3300億ドル(約144兆6250億円)。1998年と比べ45%増えた。

 国際原子力機関(IAEA)の評価によると、世界で核開発の能力を持つ国は30カ国近くある。広島・長崎への原爆投下の責任を負うべき国や関係者に悔いあらためる様子はなく、核拡散防止条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)にほとんど進展もない。数千発の核兵器が数分で発射できる状態にある。

 核保有国などが核兵器廃絶を明確に約束したNPT再検討会議から8年。米国や中国などがCTBTの批准をしていないのは非常に残念だ。非政府組織(NGO)や市民団体が断固とした姿勢で核廃絶を追求し、核を持たない国々も核軍縮の動きを起こさなければならない。私も平和と軍縮のため火をともし続けていこうと思う。

<略歴>1938年スリランカ生まれ。65年にセイロン(現スリランカ)外務省に入省後、ジュネーブ国連代表部大使や駐米大使、国連事務次長などを歴任。2007年10月から現職。


英国アクロニム研究所長 レベッカ・ジョンソン氏

 核兵器をめぐる世界の情勢は、テロリストへの流出の懸念や核を求める北朝鮮やイランの出現で、開発競争か、抑制かの岐路にある。保有国は抑止力を主張しているが、最善の方法は地球上から核兵器をなくすことだ。

 この目標は不可能と言われてきたが、状況は変わってきた。平和運動家だけでなく、軍の元指導者からも核兵器が安全保障の弊害になっているという意見が出てきた。

 核兵器廃絶を山の頂上とすると、ふもとではなく、あと3段階ぐらい手前にいる。簡単ではないが、2020年までの廃絶を目指す平和市長会議の目標は達成可能と思う。

 最終目標から逆に、今何をしなければいけないのかを考え、最善のルートを見つけたい。

 まず核「保有」ではなく「使用」の非合法化が必要。国連安保理で決議案を出し、核兵器の使用は人道に対する犯罪と宣言するべきだ。

 核保有国が主導しないなら、日本などの非保有国でも進めることができる。初めは核を持つ常任理事国が拒否するだろうが、なぜ核使用が認められるのか、説明を求め続けることが必要だ。

 広島市民や被爆者は平和と軍縮の火を燃やし続けてきた。今まで以上のリーダーシップと、市民の大いなる参画が求められる。

<略歴>1954年生まれ。英国最大の反核団体「核軍縮運動」の副議長や、核問題専門誌「原子力科学者会報」の副評議委員長などを務め、95年に軍縮NGO「アクロニム研究所」を設立した。


≪パネルディスカッション≫

◆パネリスト

パグウオッシュ会議会長  ジャヤンタ・ダナパラ氏
英国アクロニム研究所長  レベッカ・ジョンソン氏
ピースボート共同代表  川崎哲(あきら)氏
広島平和文化センター理事長  スティーブン・リーパー氏
中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター  田城明センター長
<司会>広島市立大広島平和研究所  水本和実准教授



脱「核抑止力」

 水本 まずは中国新聞社がウェブサイトを通じて実施したアンケートの結果を。

 田城 ヒロシマ平和メディアセンターは、5月中旬から6月末にかけて「核兵器に関するアンケート」をウェブサイトで実施した。18カ国から210件の回答が集まった。「核兵器廃絶は不可能」と考える人が海外は9%だったのに対し、日本は40%もあった。「核抑止力は有効だ」と考える割合も、日本は海外に比べて高かった。

 川崎 日本では検証がないまま、核抑止論がそれなりに信じられている。日本の安全を守るためには、日本が持たなくてもアメリカに核兵器を使ってもらう可能性があると漠然と思っている。

 ジョンソン 日本も英国も政府は口では立派なことを言うが、英国は核戦略システムを更新して核保有を続けようとし、日本は核の傘から抜け出す決断をしていない。コストの面でも心理的影響の面でも、核抑止論は本当のことではないと暴露すべきだ。なぜ、日本では抑止論を信じる人が多いのか。

 田城 日本人が核抑止論を信じるのには、北朝鮮の核開発や拉致問題、中国の脅威などが背景にある。

 川崎 その脅威を取り除くには、北東アジアで非核平和の条約を結ぶことが決め手となる。日本周辺で核兵器を使わせない、使わないということを国際公約にするための一歩を日本が踏み出すのか、相変わらず米国の核の傘の下にいるかが問われる。

 リーパー 被爆から63年がたったが、核廃絶は不可能だと感じている人も多い。今、廃絶を実現しないと多くの国が核兵器を保有するかもしれない。逆に、もう少しで本当に廃絶できるという時期でもある。そういった情報をもっと伝える必要がある。

NPT再検討会議

 水本 2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けてどのような取り組みが必要でしょうか。

 リーパー 平和市長会議は、4月にジュネーブで開かれたNPT再検討会議の準備委員会で「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を発表した。2010年のNPT再検討会議で提案し、その年から始まる国連の「軍縮の10年」と連動し、2020年までの核兵器廃絶を目指している。

 ダナパラ 95年の再検討会議は、私が議長を務めた。条約の無期限延長ということを決断せねばならず、とても難しい会議だった。人々は約束だけの核軍縮に飽き飽きし、実現可能な目標を求めている。

 ジョンソン 核保有国は、自分たちの持つ核兵器を無くすことは考えず、核拡散を防ごうとしている。差別のない核廃絶こそが、実現可能な安全保障である。

 リーパー 核兵器問題は主に、NPTの枠組みの中で話し合われている。しかし、この議定書のように核兵器のない世界の実現に向けた行動や期限に対する提案はない。
 温暖化対策で「京都議定書」が世界的に知られているように、「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を世界中の人々が知る本格的なキャンペーンにしたい。

 田城 日本政府は国連総会で毎年核兵器廃絶提言をしているが、以前のNPT再検討会議では十分に積極的な働きができていない。米国への配慮からだろうが、軍縮と核不拡散を同時に実現するには被爆国としてもっとイニシアチブを発揮すべきだ。

 川崎 2年後の再検討会議だけでなく、目の前の政策や状況に目を向けることも重要だ。今、米国と、NPTの締約国ではないインドの間で原子力協力協定が結ばれようとしている。国際合意の枠外で核兵器を保有していたインドを、これまで国際社会は批判してきた。しかし、米国がそれを容認しようとしている。日本の市民がこういう世界情勢にも目を向け、政府を動かすことが必要だ。

 ダナパラ 米国がNPTの効力を衰えさせていることを指摘する必要がある。NPTの違反者が、核エネルギーの平和利用をしてはいけないと確認すべきだ。

熱心に耳を傾ける市民たちで埋まった会場



被爆地・日本の役割

 水本 あらためて核廃絶に果たす被爆地や日本の役割についてどう思いますか。

 川崎 日本国憲法九条は、21世紀の国際平和メカニズムとして世界規模で活用する動きが始まっている。これを進めることが、核兵器廃絶に向けた日本の市民の役割だ。
 世界の軍事費は、2001年の米中枢同時テロ以降再び右肩上がりとなり、2007年には1兆3000億ドルを超えて冷戦末期以上の水準となった。そんな中、資源を軍備から民政へ回し、紛争の予防や平和的解決をうたう9条に注目が集まっている。

 ダナパラ 日本は平和憲法を持ちながら、年間の軍事費は約430億ドル(約4兆6300億円)と世界で5番目だ。こうした現実も日本の人々には目を向けてほしい。

 リーパー 再検討会議が成功するかどうかは日本政府の動きが鍵になる。唯一の被爆国であり、米国の親友だ。日本が「核兵器を廃絶しろ」と言えば、米国を動かすことが可能だ。
 米国は現在、経済的にパンク寸前。一番お金を貸しているのが日本だ。日本は米国に対して大きな影響力を持っているのに、全くその力を使っていない。日本人の責任は大きい。

 田城 ヒロシマ・ナガサキの教訓は、武力で国際問題の解決はできないということ。人類は核兵器廃絶に向けて今こそ大胆な一歩を踏み出すべきだ。でなければ、核拡散を止めることができないばかりか、核戦争がやがて起きてしまう可能性が高い。政策決定にかかわる国会議員をはじめ、私たちに求められているのは一歩を踏み出すための意識改革だ。

 川崎 被爆体験を風化させないことも大事だ。と同時に、体験から得たものを生かし、世界で共通の法や枠組み、規範を作っていくことを考えることが必要だ。メディアや研究者の役割は大きい。

 田城 9月2日には広島で主要国(G8)下院議長会議(議長サミット)がある。参加国の議長のうち4カ国は核保有国でもある。それぞれの国で影響力を持つ政治指導者に、私たち広島市民の熱意をしっかり伝えたい。

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