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社説・コラム

原爆症認定問題は今 全面解決まだ遠く

■記者 森田裕美、田中美千子、道面雅量

 全国で原爆症認定集団訴訟が始まって5年。昨年夏に安倍晋三首相(当時)が認定基準の見直しを表明して1年。被爆者の訴えは政治を動かし、基準の緩和につながった。ただ、10度にわたって国側敗訴の司法判断は続くものの、解決はまだ遠い。認定問題の到達点と課題をまとめた。

新基準の課題 一定条件で積極認定  「機械的線引き」変わらず

 国の新たな原爆症認定基準による審査は、4月から始まった。被爆距離や入市の時間、疾病などの一定の条件を満たせば積極的に認定する-。もし条件を満たさない場合でも「個別に総合的に判断する」とし、壁が厚かった従来の基準からは大きく転換した。

 安倍晋三首相(当時)が広島市で見直し方針を示したのは昨年8月5日。新基準は、与党の被爆者対策に関するプロジェクトチーム(与党PT)がまとめた案を、ほぼ丸のみした。条件の緩和で認定範囲は拡大した。

 現在、「条件」を満たした場合は積極的に認定されている。消化器系の悪性腫瘍(しゅよう)▽その他の悪性腫瘍▽白血病と副甲状腺機能低下症▽白内障、心筋梗塞(こうそく)。審査する厚生労働省の医療分科会は疾病別に、四つの部会で審議する仕組みだ。

 ただ、被爆者側には、なお「機械的線引き」であることには変わりはない。積極認定から漏れたケースの個別審査の内容は、明らかにされない。訴訟では認められた原告が、国の審査で認められない可能性もある。

 認定基準の緩和の一方で、国が四月以降も集団訴訟で争い続ける背景には、当初は方針転換をかたくなに拒否していた同省の基本的なスタンスがある。

 安倍前首相の見直し表明には、各地の訴訟で従来基準を否定する司法判断が相次いだことに加え、参院選惨敗という政治的な理由もあったとされる。同省は政治主導で見直しを迫られたことに、なお釈然としていない。

 その理由の一つとして挙げるのは他の戦災者への援護策との差だ。「高齢になってからがんや白内障になった被爆者を、実際の被(ひ)曝(ばく)線量は度外視して救済しようという発想にはなりにくい」。被爆者対策の予算をこれ以上、増やしたくないという思いもちらつく。集団訴訟の原告が求める原告全員の一括認定にも否定的だ。

 現在の審査は旧基準の時代と同じ医師や専門家が分科会委員として携わる。そのことに疑問を示す声もある。2003-05年、委員を務めた広島県医師会の碓井静照会長(71)は明かす。「審査方針に疑義を唱えた私は2年の任期でお役ご免となったが、何度も再任される委員もいる。選任に疑問が残る」

 この1年、与党PTは認定問題を大きく前進させたと自負する。さらに個別の病気についての基準見直しを模索している。しかし、全員の一括救済を求める原告側の願いとの開きはまだ大きい。

司法の流れ 国側敗訴10件続く

 現在、全国の5高裁、15地裁で係争中の集団訴訟は日本被団協が提唱した。国の認定基準の見直しを迫るためだった。

 06年8月、原告41人が全員勝訴した広島地裁判決。遠距離や入市の被爆者にも推定被曝線量からは想定できない急性症状などが出ていた点を重視し、「被爆者の実態に即した総合的な検討の必要性」を求めた。認定が困難とされる前立腺がんや狭心症、骨折などにも原爆の起因性を認めた。

 全国の高裁、地裁で判決が出た原爆症認定の集団訴訟では、これまでに計10件、広島と同様に国側が敗訴している。6月23日の長崎地裁判決では胎内被爆、今月18日の大阪地裁判決では救護被爆の原告を認めないなど、要医療性や放射線起因性などをめぐる個別判断では退けられたケースはあるものの、司法判断の流れは揺らいでいない。

 現在の科学的知見だけでは説明がつかない「被爆者の実態」に、国がどう向き合うかを司法は問うている。

広島の原告 通知見ぬまま13人死亡

 4月以降、広島高裁と広島地裁で争う原告計64人のうち、64%にあたる計41人に認定通知が届いた。

 だが、広島原告団の重住澄夫団長(79)は「負けた裁判の取り下げもせず謝罪もなく、何事もなかったかのように認定通知を送ってくる厚労省の姿勢は、筋が通らない」。

 届かない人たちは不安な日々を送る。最初の提訴から5年。長い闘いに疲れ、原告団がばらばらになってしまわないか懸念する。今年に入って2回の総会を開き、全員認定までの団結を誓い合った。

 重住団長は訴える。「単に自分の認定を求めるための訴訟ではない。原爆の恐ろしさを知ってもらい、この世からなくそうという闘いだ。だからこそ最後まで頑張りたい」。認定通知を見ないまま、係争中に世を去った人は13人になる。

原爆症認定
  被爆者援護法に基づく制度。病気や障害が原爆に起因し、治療が必要な場合に厚生労働相が「原爆症」と認定。医療特別手当(月額約13万7000円)を支給する。自治体を通じ申請、厚労省の疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会が審査。認定、却下、保留のいずれかを答申する。3月末現在、全国の被爆者24万3692人のうち認定は1%以下の2188人。新基準で同省は現在の約10倍の年1800人が認定されると見込むが、亡くなる人も多く、認定された被爆者の数は大きく変わらないとみられている。

原因確率
国が原爆症認定基準を見直した今年4月まで、審査で最大の根拠としてきた。爆心からの距離に基づく推定被曝(ばく)線量に年齢や性別を加味し、疾病ごとにどれくらいの確率で原爆放射線が原因となっているかを示し、50%以上なら可能性は「ある」、10%未満は「低い」と判断。残留放射線や体内に取り込まれた放射線による内部被曝の影響が考慮されていないなどの問題があり、全国で相次ぐ集団訴訟で、その機械的な適用が批判された。

(2008年7月23日朝刊掲載)

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