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社説・コラム

解き明かせぬ被害 <上>

内部被曝研究 緒に就いたばかり

■記者 森田裕美

 被爆者の病気が原爆のせいなのか、そうでないのか―。国がそれを判断をするのが原爆症認定制度だ。全国で争われる集団訴訟は、現代の科学的な知見でも解明できていない核被害の実態に光を当てている。63年の歳月を経てめぐり来る夏。被爆者の思いや科学者の試みを通じ、原爆は人間に何をもたらしたのかを考える。

 「原爆の影響でないとすれば、私や同級生の症状はどう説明できるのでしょう」。原爆症認定を求めて広島高裁で係争中の原告大江賀美子さん(79)=広島市佐伯区。認定基準が大きく緩和された4月以降の認定審査で同じ入市被爆者も含む原告たちが次々と認められる中、不安な気持ちで認定通知を待つ。

 1945年8月19日から1週間、爆心地から約350メートルの本川国民学校(現本川小)で救護に当たった。大江さんを含め三次高女(現三次高)の級友23人がいた。

 うち14人ががんなどで命を落とした。先月も1人が白血病で逝った。実家の三次に帰り、脱毛や全身の気だるさに悩んだ大江さんは、30歳代から乳がんなど4つのがんに侵され、白血球減少症も患う。2度の申請はいずれも却下され、集団訴訟に参加。2年前の広島地裁判決で却下取り消しを勝ち取った。

国基準だと矛盾

 原爆症認定で、国の判断の基になるのが、爆発後の約1分以内に出た初期放射線による被曝(ひばく)線量を爆心地からの距離などで割り出す推定方式「DS02」だ。この方式だと大江さんのような入市被爆者は脱毛や下痢などの急性症状は起きないとされる。

 それでは大江さんや級友に起きている現象は-。全国で相次ぐ集団訴訟の判決は、残留放射線による「内部被曝」の可能性を認める。

 ただ、この内部被曝には未解明な部分が多い。感受性などに個人差もあり、それぞれが受けた放射線量の正確な評価は困難だ。国側は審理中の広島高裁での控訴審でも「(広島地裁判決は)内部被曝の影響を過大視している」とし、被爆者に起こった下痢や脱毛は感染症やストレスが要因だと反論している。

 63年を経た今、内部被曝の影響を科学的に解き明かそうと研究をしているのが、沢田昭二名古屋大名誉教授(物理学)。よりどころは被爆者の身に起こった事実だ。

発症率から逆算

 放射線影響研究所(広島市南区)の被爆者調査データなどを参考に、脱毛や紫斑、下痢などの急性症状の発症率から、それぞれの被曝線量を逆算していく「生物学的線量評価」に取り組む。

 初期放射線の影響はほとんどないとされる遠距離や入市の被爆者でも、近距離被爆者に相当する高い線量が、はじき出された。沢田名誉教授は「内部被曝の影響を、考えざるを得ない」とみる。

 ただ、その見解はまだ研究者たちのコンセンサスを得ているわけではない。「残留放射線以外の要因もありうる」との指摘もある。

 広島大原爆放射線医科学研究所の星正治教授(放射線生物・物理学)は「内部被曝のメカニズムを解明する努力がもっと必要」とし、医師や物理学や生物学、統計学など専門家の連携を訴える。

 残留放射線による内部被曝の実態はどうだったのか。解明は緒に就いたばかりだ。

(2008年7月25日朝刊掲載)

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