×

社説・コラム

解き明かせぬ被害 <下>

分かれる見解 「科学の限界」どう考慮

■記者 森田裕美

 国が4月から始めた新基準による原爆症認定の審査。従来に比べて条件は緩和され、認められる被爆者は増えた。しかし、各地の集団訴訟の判決が放射線の起因性を認めながらも国の新基準から外れている病気もある。

肝炎も新基準外

 肝炎もその一つだ。

 木村裕彦さん(77)=広島市南区=は爆心地から1.7キロの路上で被爆。火がおさまった爆心直下に入り、何日も姉を捜して歩いた。

 40歳代でC型肝炎を患い、今は肝硬変で通院する。原爆症認定申請は却下され、原告となった2年前の広島地裁判決で勝訴した。判決は「被爆による免疫力低下がC型肝炎を発症、進行させる起因」と言い切った。

 国は控訴し、係争は広島高裁に舞台を移している。判決のいかんにかかわらず肝硬変ががんに進行すれば、新基準で認められる。「がんになれとでもいうのか」。木村さんは複雑な胸中を明かす。

 肝炎と放射線被曝(ひばく)の因果関係は今、研究者の見解が分かれている。

 地元の放射線影響研究所(広島市南区)のスタッフを含む研究チームは被爆者のデータなどを基に、放射線が肝機能障害の進行を促す可能性を示唆した論文をまとめている。広島地裁の審理にも、原告側から証拠として提出された。

 一方、厚生労働省の研究班はC型肝炎の発症と被曝との因果関係を否定する報告書を出している。分かれる科学の見解-。「『科学』がいくら発達しても、見極められやしない。それが原爆」。木村さんはつぶやいた。

 原爆による健康被害の全容については未解明な部分が残っている。その点では研究者の見方は一致する。ただ、同省の基本的な発想は、解明できた影響については認めるというものだ。

 これまでの司法判断は、国と異なる見地に立つ。国が敗訴した5月の大阪高裁判決は、原爆による起因性が明確に否定できない限り、認めるべきだとの考えを示した。二つの基本姿勢の差が、原爆症認定問題が全面解決になかなか向かわない背景にある。

研究者から私案

 広島大の研究者時代から原爆被害と向き合う広島原爆被爆者援護事業団の鎌田七男理事長(分子生物学)は昨年、認定基準見直しのために同省が設けた検討会に参加した。

 疾病の重篤度▽被曝線量▽心的外傷後ストレス障害(PTSD)なども加味した身体的・精神的・社会的障害度-の三つをポイント換算し、それに応じた手当給付をする私案を出した。現在の一律給付では被爆者間で、不公平感が出かねないことにも配慮したものの、議論はされなかったという。

 「科学の到達点や未解明な部分を念頭に、被爆者の実態を反映しながら検討するはずだったのに。今の制度を続けてもうまくいかないだろう」と言う。

 今年になって、広島市などには認定申請が急増している。原爆訴訟を支援する会事務局(広島市中区)への相談者も月に100人を超す。科学では説明しきれない病歴や人生を背負う人たちが多い。

 科学に限界があることを前提に、国が被爆者の訴えにどう向き合うのか-。その問いかけは続く。

(2008年7月26日朝刊掲載)

関連記事
解き明かせぬ被害 <上> 内部被曝研究 緒に就いたばかり (08年9月16日)
原爆症認定問題は今 全面解決まだ遠く (08年8月20日)
原爆症認定 審査待ち2500件 基準緩和で申請急増 (08年7月29日)

年別アーカイブ